第1節 伝えよう、魚食文化 

(1)我が国が育んだ豊かな魚食文化

(日本人の生活と密着した水産物)

 日本人なら誰しも、魚が日本文化の中に溶け込んでいるとの印象を持っていることでしょう。お正月のお節にも、小魚を煮付けた田作りや昆布巻きなど水産物を使った総菜は不可欠です。成人式や結婚式といったお祝いには、尾頭付きの鯛が供されます。幸福をもたらすとして信仰されている七福神のうちタイを抱えた恵比寿様は、現在、商売繁盛の象徴とされていますが、もともとは漁業者が大漁を祈願した漁業の神でした。さらに、海や河川、湖は、食生活だけではなく、レクリエーションや自然との触れ合いの機会も提供してきました。このように日本では、水産物が日々の生活と密着しており、季節の節目に行われる儀式の中にも組み込まれてきたのです。

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(自然の恵みを余すことなく利用してきた、日本人の知恵)

 豊かな海に囲まれ、高い生産性を持つ汽水域や湖にも恵まれた日本人は、地域や季節に応じて多種多様な水産物を利用してきました。その歴史は古く、縄文時代の貝塚からはアサリの貝殻、アジやマダイの骨が出土しています。そして、獲れた水産物の保存性を高めるとともにおいしく食べるための方法を生み出しました。塩分と乾燥によって独特の食感と濃縮された旨味を引き出した干物のほか、近海で獲れた小魚を保存する目的で生まれた練り製品は改良が重ねられ、カニ風味カマボコは、欧米においても人気の食材となっています。鰹節や昆布などはその旨味をだしとして利用するなど、自然の恵みを余すことなく利用してきました。

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(江戸に生まれ、世界に広がる「にぎりずし」)

 江戸時代には、東京湾でとれた水産物を使ってにぎりずし、天ぷら、佃煮、鰻のかば焼といった料理が誕生しました。中でも、にぎりずしは江戸のファーストフードとして誕生し、今や世界中に広まり、日本が世界に誇る魚食のひとつとなっています。

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(魚食を支える匠の技)

 にぎりずしの誕生によって、マグロを醤油に漬け込んだりコハダを塩と酢でしめるといった、すしネタの保存性を高め、魚介類の旨味を引き出すための調理方法も発達しました。

 また魚を調理する際には、用途に応じて様々な包丁を使い分けています。骨を切る時には出刃包丁を使い、刺身はその切り口によって食べた時に感じる舌触りや旨味が異なるため、その特徴を活かすように、魚に応じた工夫が刺身包丁に施されています。

 さらに魚を食べる際には、魚の骨や皮をお箸できれいに取り除く、のりを一枚だけお箸でとるなど、箸を上手に使う技術も自然と身につけてきました。

 水産物の消費が拡大するにつれて、流通業も発達してきました。東京都中央卸売市場(築地市場)は、江戸時代、幕府に魚を納めた残りを漁師たちが日本橋で売り始めたことが始まりといわれています。仲買人達はより良い魚を求めるため、魚の鮮度を目の色で判断したり、マグロの尾を切り落とし、その断面の色や脂の溶け具合で品質鑑定を行い、目利きの技が発達しました。

 こうして、仲買人やすし職人など水産物に関連した独特な技術をもつ職業が発達しました。我が国の魚食は、個別専門化した技術を持ったプロ集団がそれぞれの役割を果たすことで発達してきたのです。

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(「魚食文化」とは何か)

 日本には包丁などの道具、様々な調理法で生み出される多彩な料理、箸の使い方など、魚を食べることを中心とした、独特の「魚食文化」が存在します。

 単に魚を沢山食べるとか、食卓に魚を並べるだけでは「魚食文化」とは言えません。魚を獲る技術や処理、品質を評価する目利き、加工・保存の方法、調理道具や方法など、魚を中心とした食生活の中で受け継がれ、蓄積されてきた知恵や知識を総称する概念が「魚食文化」であると考えられます。

 次節では、「魚食文化」を支えている「魚食」の現状を明らかにします。

コラム 世界に広がる我が国の魚食文化

 海外において日本食は、健康的、美しい、安全・安心、高級・高品質として高い評価を得ています。健康志向が高まる中、海外の日本食レストランの数は急増しており、日本の食文化を身近に体験できる機会を提供しています。

 米国には日本食レストランが約9千あるといわれ、その数は10年で2.5倍に増加しています。このうちすしをメニューとして提供するレストランは約6割も存在します。かつては生の魚を食べる習慣がなかった米国でも、すしは「Sushi」としてすっかり定着し、カリフォルニア・ロールといった新たなすしも生み出されています。

 さらにロシアも欧米の影響を受け、日本の魚食文化が伝わっています。経済発展に伴い、伝統的に食されてきたニシンやスケトウダラに加え、ティラピアやアメリカナマズといった多種多様な水産物を消費するようになっています。日本の魚食文化は、その国の食文化と融合して形を変え、定着しつつあります。

 このように日本で育まれた魚食文化が世界に広がることは、食を通じた国際交流が深まるとともに、世界の食文化や食生活の豊かさに貢献するとして期待されています。

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(2)魚食形態の変化

(進む「魚離れ」 〜魚種別購入量ではサケは増加、イカは減少〜)

 豊かな海の恩恵を受けて、我が国では多彩な魚食文化が発展しました。しかし、近年、我が国においては、若年層を中心に急速に「魚離れ」が進行しています。

 1人1年当たりの魚介類消費量(純食料ベース)は、平成13年(40s/人年)をピークに、18年には32s/人年(概数)にまで減少しました。また、「家計調査年報」(二人以上の世帯(農林漁家世帯を除く))から、昭和40年と平成18年の1人1年当たりの購入量を比較すると、生鮮魚介類の購入量が約3割減少しました。これを魚種別に比較すると、サケ、マグロ、カツオ、サンマの購入量は1.4倍以上に増加している半面、サバ、アジ、イカといった水産物の購入量が半分以下に減少しています。

図 I −1−1 魚食形態の変化

(「調理しやすさ」、「食べやすさ」が我が国の魚食形態を変えた) (HP)

 農林水産省が19年に行った「平成19年度食料品消費モニター第1回定期調査」によれば、「生サケ」の購入量が増えた理由は「調理が簡単だから」、「イカ」の購入量が減った理由は「調理が面倒だから」との回答が最も多くなりました。調理のしやすさが水産物の購入に影響を与えていることが示唆されます。

 また、同調査で子どもが好まない魚介料理は「煮魚」、好む料理は「刺身」と回答した人が最も多くなりました。好まない主な理由としては「食べづらい(骨を取るのが面倒)から」が最も多い回答でした。回転寿司は子どもに人気があるにもかかわらず、魚介料理が嫌われるのは、食べづらさが影響していると考えられます。

(消費者ニーズを追求した「扱いやすさ」が変化を加速した)

 バブル経済崩壊後、所得の減少を受けて消費者の間には「低価格志向」が強まりました。また、共働きや単身世帯の増加といった社会情勢の変化によって、家庭での調理時間が減少し、「簡便化志向」が顕著になりました。

 大型量販店はこうした消費者ニーズに応えるため、切り身や加工品など調理がしやすい形態のもの、マグロやサケといった流通量が多くロットがまとまった輸入品を中心に取り扱うようになりました。

 こうした消費者ニーズの変化は、国内の漁業にも影響を与えました。輸入品の増加は、国内で生産される水産物の価格低迷を招くと同時に、資源の回復力を上回る漁獲競争によって、我が国の生産力を低下させました。また、少量多品種を特徴とする我が国の漁業形態と消費者ニーズのミスマッチが生じ、国産水産物の供給量は減少しました。

 その結果、消費者はいつでも水産物を購入することができ、調理の手間を省くことができましたが、日本周辺で獲れる多種多様な水産物のおいしさを味わう機会が減少したと考えられます。

図 I −1−2 消費者ニーズと流通・生産の関係

 水産物は、カルシウムをはじめとするミネラルのほか、DHAやEPA等、栄養素の宝庫です。最近では、魚を多く食べるほど心筋梗塞になりにくいといった研究結果も報告されています。魚離れは、国民の健全な食生活への悪影響が懸念される事態といえます。

 特に国産水産物の魚離れは、長期的には市場での水産物の品質管理などの目利き、包丁を使った家庭での調理技術、魚を通じたコミュニケーションなど、日本人が長年培ってきた魚食文化の衰退を招くとともに、それを支えてきた産業を縮小させるとの指摘もあります。

(3)国産の魚の消費で守る魚食文化

 日本人には国産の水産物に対する志向はなくなったのか、このまま魚食文化は衰退してしまうのか、分析を行いました。

(地場の魚が食べたい)

 「低価格志向」及び「簡便化志向」という消費者ニーズを尊重した結果、魚食形態の変化が加速したと考えられます。しかし、食品に対する消費者ニーズは「低価格」、「簡便化志向」だけではなく、極めて多様化しています。

 平成19年度食料品消費モニター第1回定期調査においても、消費者が「魚に関して感じること」は、「価格が高い」の他に「地場の魚が食べられない」、「鮮度が悪い」といった回答が多くなっており、魚介類の産地や品質に対する関心も高まっています。

(国産魚に対する志向は失われていない) (HP)

 農林漁業金融公庫の消費者動向調査において、8割以上の人が鮮魚に対して国産志向を持っていることが明らかとなりました。(図 I −1−3 鮮魚について、どこの産地のものを購入しようとしているか

 また、国産鮮魚については9割以上の人が、国産養殖鮮魚でも7割以上の人が安心感を持っているという調査結果(図 I −1−4 食品に関する安心感・不安感)や、国産食品に対して「安全」であるというイメージが高いという調査結果*1もあります。

 これらの調査結果から、消費者が国産魚に対して抱く安全で安心感があるという認識が、国産志向を支えていると考えられます。

 今後、国民の健全な食生活と我が国が育んできた豊かな魚食文化を守るためには、消費者の安全で安心感があって、かつ国産の魚の消費を増やしたいというニーズに応える努力が流通業、生産者に求められています。

*1 農林漁業金融公庫「平成18年度消費者動向調査」

(水産物を使った伝統料理は今も健在)

 地場で獲れた水産物を使った料理は、今でも郷土料理として各地に伝わっています。その中には、ふな寿司やくさやなど独特の風味を持つものや、しょっつる(魚醤)といった調味料もあります。海のない地方にも塩蔵や乾燥して水産物が輸送されていたため、近畿地方の山間部でもサバを使った寿司が郷土料理として親しまれ、現在に受け継がれています。

図 I −1−5 水産物を使った「農山漁村の郷土料理百選」(一部) (HP)

(4)魚食文化を伝える 〜新たな胎動〜

 前述のように、国産の魚介類を食べる機会を増やしたいというニーズは存在します。また、日本には世界に誇る地域色豊かな魚食文化が根付いています。

 日本の魚食文化の良さを見つめ直し、後世に伝えようとする試みが動き出しています。

 ア 水産物の「おいしさ」を伝えたい

 簡便化志向や低価格志向が高まる一方、値段が高くても、安全で信頼できる食品、自分が満足できる食品を購入したいという品質を重視する消費者も増えています。

 こうした消費者のニーズに応えるため、消費者に積極的に情報を公開したり、産地や品質を重視した店づくりで店舗の個性化を図る創意工夫が行われています。

(店頭で伝えたい)

 これまで鮮魚店は、地域に密着した販売を行うことにより食生活を支えてきましたが、近年、担い手不足や大型量販店との競争激化により店舗数が減少しています。販売員との対話によって得られていた水産物の旬や産地、おいしい食べ方などの活きた情報を得られなくなったことが「魚離れ」を加速させたとの指摘もあります。

 そこで、食品スーパー等大型量販店においても対面販売を強化し、消費者の多様なニーズに応えようとする動きがあります。

取組事例 鮮魚はお客様とのコミュニケーションのきっかけづくり[東京都]

【客の要望に応じて調理。若い主婦の利用も増加】 地図

 東京都内のあるスーパーマーケットでは、鮮魚売り場に店員が常駐しており、魚のおいしい食べ方や旬を伝え、客が購入した鮮魚を刺身や焼き物用など要望に応じてさばきます。「お客様から、『この前勧めてもらったお魚、おいしかったよ』と声をかけていただきます。最近では、魚の調理方法を聞きたい、家庭での魚の残さやプラスチックトレーの処理を軽減させたいという若い主婦の利用も増えています。」と最近の変化を語る鮮魚担当者。

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【鮮魚の対面販売が顧客とのコミュニケーションを活性化】

 「うちに鮮魚を買いに来てくる顧客は、あらかじめ夕食の献立を考えているわけではありません。どんな魚があるかをのぞきに来て、その時の旬の魚やその美味しい食べ方・調理の仕方などをスタッフに相談することで、献立を決めています。肉ではこうした顧客とのやりとりはなく、鮮魚の対面販売が顧客とのコミュニケーションを活性化しています。」と、鮮魚担当者も、鮮魚の対面販売にやりがいを感じています。

【コミュニケーションの大切さを再認識】

 昔のいわゆる「魚屋さん」では、顧客と店舗の対話が当たり前に行われ、会話の中から魚の旬や調理方法を学んでいました。近年、対話の重要性を再認識した量販店では、鮮魚の衛生管理や加工技術、販売方法まで一貫した研修制度を導入し、鮮魚販売のプロを育てる取組も増えています。今、コミュニケーションの大切さを再認識する必要があります。

(語り部となって伝えたい)

 生産者を招いた料理教室を開催したり、民間によりマイスター制度が設けられるなど、魚の旬や栄養、目利きや調理・取扱方法などを世の中に広める努力が行われています。こうした取組は、消費者の水産物に対する知識を増やすとともに、魚食文化の継承にも大きく貢献しています。

取組事例 「さかな」の語り部・伝道師。「おさかなマイスター」制度がスタート  (HP)

【「おさかなマイスター」がスタート】

 「魚離れ」が進む中、「さかな」の語り部、伝道師を育てるため、19年10月から民間の資格認定制度「おさかなマイスター」がスタートしました。

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【消費者と生産者のパイプ役に】

 水産物の旬や栄養特性、産地や漁法、目利きや調理方法、取扱方法など水産物に関する幅広い知識を学ぶとともに、食べ比べを行い、味の違いも学びます。一般消費者を対象とするコースの他、水産業界で働いている人などを対象とするコースも開講し、受講後の修了試験に合格すると

「おさかなマイスター」として認定されます。今後、消費者と生産者のパイプ役的な存在になることが期待されています。

【今後のマイスターの活躍に期待!】

 受講生は年齢層も幅広く、会社員や主婦など職業も様々です。参加者からは、「知識だけではなく、食べ比べもできる「比較dさしみe論」が興味深い」という期待が寄せられています。また、「プロから専門的な知識を学んだことを、今後のビジネスにも役立てたい」といった意気込みも聞かれました。スーパーでの対面販売や小中学校での食育において、今後のマイスターの活躍が期待されます。

(インターネットを活用して伝えたい)

 インターネット市場は、売り手にとっては、新たな顧客と販路の開拓につながるとともに、消費者にとっても多くの商品の中から簡単に比較して購入できるというメリットがあります。また、最近では消費者から発信される「口コミ」が新たな消費者の購買につながったり、企業のマーケティングにも利用され、商品開発にもつながっています。

取組事例 新たな販路開拓と水産物消費の拡大へ 

【消費者との交流を深めたい 〜福島県 相馬双葉漁業協同組合 相馬原釜支所 青壮年部の取組〜】 (HP) 地図

 青壮年部では、これまで消費地に出向いて水産物の産直活動を行っていました。しかし、生産者と消費者ではかなりの意識の格差があること、県内には地元で獲れた水産物がほとんど流通していないという問題点に直面しました。

 そこで、インターネット販売を通じて、県内外の消費者に漁業の様子や浜の風景、イベント情報を発信することにしました。また、商品を購入した消費者との交流も深めています。

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【少量品種をまとめてインターネット販売】

 インターネットでは、漁協に水揚げされたカレイ類やホッキ貝のほか、ドンコ(エゾイソアイナメ)といった地元で好まれる水産物も販売しています。さらに、量がまとまらなかったり、サイズが合わずにセリにかけれらなかった魚をまとめて、「理由(わけ)あり魚セット」として手頃な値段で販売しています。漁業者にとっては新たな収入源になるとともに、商品を購入した消費者からも「なかなか手に入らない新鮮な魚が食べられてうれしい」と好評を得ています。

【飲食店向けにも水産物をインターネット販売 〜全国の漁業協同組合の取組〜】 (HP)

 19年5月、全国の漁業協同組合が飲食店情報を提供する民間企業と提携し、インターネットを活用して漁獲された水産物を飲食店に販売するサービスを開始しました。漁業者にとっては、前浜ごとに漁獲される多様な水産物の販路開拓につながります。飲食店にとっても旬の魚介類を使って個性的なメニュー作りができるというメリットがあり、国産の水産物消費拡大の効果も期待されています。

(水産物の魅力を伝えよう 〜品質や安全性、産地を重視〜)

 流通業は、獲れた魚を無駄なくおいしく消費者に届けるため、流通経路や保存・加工技術を発達させ、魚食文化を支えてきました。

 しかし、消費者の低価格志向や簡便化志向に対応するために効率化を進めた結果、ロットや規格がそろう冷凍品や輸入魚が増え、我が国周辺で獲れる多様な水産物が店頭から姿を消しました。これが「魚離れ」を招く一因になったと考えられます。ただし、消費者の意識も、価格から品質や安全性、地場の資源を重視する方向に変わりつつあります。

 今後は、表面的な消費者ニーズに応えるだけではなく、水産物に関する豊富な知識と情報を活かし、消費者に新しい発見や感動を与えるとともに、新たな需要の開拓を行うことが必要です。また、安価で安定的な水産物と地場で獲れる新鮮な水産物をうまく組み合わせて提供することも大切です。

 イ 食育 〜魚食文化の良さを学び、子どもたちに伝え、広げたい〜

 「魚離れ」の進行によって、国民の健全な食生活への悪影響が懸念される事態となっています。そこで、食への理解を深めてもらえるよう、流通業などにおいても食育の取組が行われ、次の世代に魚食の良さを伝えようと努力が続けられています。

取組事例 唐戸魚食塾[山口県 下関市]

【「魚食」都市 下関を目指す】 地図

 山口県下関市にある唐戸市場において、専門家を招いて魚の種類や栄養素、漁獲から流通・販売までの流れなどを学ぶとともに、唐戸市場で手に入る水産物を使い、併設された魚食普及センターで料理をして食べることを通じ、楽しみながら魚食を学びます。

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【ボランティアスタッフで運営】

 魚食塾は、市場・流通関係、加工関係等の民間業界、県、市、大学等産官学に所属するボランティアスタッフで運営しています。調理実習では、生産地から漁業協同組合女性部の方を講師として招き、おいしい食べ方、調理方法について指導を受けています。

【自分でさばく楽しみを実感!】

 イカのさばき方を教わった参加者からは、「初めてさばいたけれど、思っていたよりも簡単だった。」、「家で調理して家族に食べさせたい。」といった声が寄せられています。

 学校給食を通じて、食育を推進する地域も増えています。地場で獲れた水産物や利用度の低かった水産物を使って新たなメニューを提供したり、廃棄・食べ残しを減らすなど資源の有効利用を図っている地域もあります。子ども達が魚食の魅力を知り、食べ物を大切にする心を育むことも期待されています。

 子どもの頃に身に付いた食習慣は、大人になってからも影響を与えることを考えると、子どもの成長に合わせて食育を推進することが重要です。

 我が国の魚食文化は、今や欧米を中心に世界的に評価されており、日本が誇る文化のひとつとなっています。今一度、魚食文化の良さを見つめ直すことが重要です。

 ウ 我が国周辺の資源が豊富な魚を食べよう 〜自給率の向上へ〜

 低価格・簡便化志向といった消費者ニーズを反映した流通業の発展によって、消費者は国内外の水産物を、好きな時に好きなだけ手に入れることができるようになりました。しかし、食卓から季節感がなくなり、地場の水産物を食べる機会も減少しました。また、資源水準とは不釣り合いな需要によって、マグロなど一部資源の減少を招きました。世界的な水産物需要は今後さらに増加すると予想されており、限られた資源をめぐって需給がひっ迫する可能性も指摘されています。

 消費者がこれからも豊かな海の恵みを受け続けるためにできることは、自分の食生活を見つめ直すことです。多くの食料を海からの生産に依存している私たちにとって、日本周辺の資源が豊富な魚を食べるという意識も必要です。

(国民1人1人が季節に応じて食べる量を増やし、魚介類の自給率を向上させよう) (HP)

 何をどのくらい食べればよいのか、図 I −1−6 食用魚介類の自給率1%向上に必要な、国産魚を使った旬のメニュー例にその例を示しました。我が国周辺のサンマやカツオといった魚は現在資源が豊富な上に、比較的安価で、旬のおいしさがつまっています。現在、我が国の食用魚介類の自給率は59%ですが、図に例示したような旬の水産物を楽しみながら消費することで、自給率が向上するとともに、漁業や食文化を守ることにつながります。

 地元の水産物を使った食事や伝統文化を愛する心を持ち、提供される水産物の資源状況に関心を持ち、合理的に選択する消費者になることが大切です。限りある水産資源を次の世代に伝えるという行動の積み重ねが、日本の漁業と魚食文化を守るためにも重要です。

コラム 資源量の豊富な魚介類を食べるクジラ

 現在、日本周辺を含む北西太平洋において、我が国は鯨類捕獲調査を実施しており、クジラが何を食べているかなどを調査していますが、ミンククジラの食性について、興味深い結果が得られています。

 北海道太平洋側を回遊するミンククジラの場合、マイワシが沢山いた時はマイワシを食べ、マサバが沢山いた時はマサバ、現在は、サンマやカタクチイワシを多く食べる傾向があります。生存のため大量の水産資源を捕食するクジラは、その時々で資源量が豊富な魚種を利用しています*1。

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*1 漁業資源をめぐっては、鯨と人間は競合関係にあると言えるため、漁業資源の適切な管理という観点から、鯨を含むバランスのとれた生態系の管理と利用が必要です。

(我が国周辺の水産物の利用で、物質循環の「環」をつなぐ)

 地元で獲れる水産物を消費することは、環境にとっても大きな効果が期待できます。

 私たちの生活からは、窒素(N)及びリン(P)といった栄養分が排出されます。この栄養分は、適度な場合は、海の生態系による食物連鎖を通じて魚類などの水生生物を育み、海を豊かに維持します。しかし、過剰な場合は、赤潮*1や貧酸素水塊*2などを引き起こし、生態系に打撃を与えるおそれがあります。食生活の多くを輸入に頼ることは、輸送に伴う環境負荷を与えるだけでなく、海へ流れ込む栄養分を増加させてしまうのです。

 豊かな海洋環境を作り出すためには、適度な栄養分を海に供給し、その栄養分を陸域に還元するという、栄養分をめぐる物質循環を円滑にすることが重要です。

 陸域からの栄養分は、植物プランクトンや海藻によって吸収され、それらは動物プランクトンや魚介類の餌となります。漁業は、魚介類や海藻を食料として陸域に回収する役割を持つ唯一の産業です。そして、消費者は、地場で獲れた水産物を消費することで、栄養分を海に供給する役割として、物質循環に深く貢献しています。

 つまり、「日本周辺で獲れる水産物の消費を増やし、魚食文化を守る」ことは、豊かな海洋環境を維持する「解決策」のひとつなのです。そして、我が国の漁業、流通といった経済活動を活性化させることにも貢献します。

 漁業者、流通業者、消費者は、自分自身が物質循環の「環」をつなぐ存在であることを認識し、それぞれの連携によって、我が国周辺で獲れる水産物を持続的に利用することが重要です。

図 I −1−7 漁業・流通・魚食の連携で加速させる物質循環の「環」

*1 赤潮:植物プランクトンは窒素やリンなどの栄養分を餌としており、この栄養分が過剰に供給されることによって植物プランクトンが大量に発生し、海水が赤色や茶褐色に変わる現象のこと。

*2 貧酸素水塊:大量発生した植物プランクトンの死骸や排水の汚れが海底にたまり、これを微生物が分解するときに大量に酸素を消費してできる酸素の少ない水の塊のこと。