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ホーム > 水産白書 > 平成25年度 水産白書 全文 > 平成25年度 水産の動向 > 第1部 平成25年度 水産の動向 > 第Ⅰ章 特集 養殖業の持続的発展〜 > 第1節 これまでの養殖業の展開 > (2)養殖業の歴史


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(2)養殖業の歴史(*1)


*1 この項は、(独)水産研究総合センター編集「水産大百科事典」(朝倉書店)、川本信之編「養魚学各論」(恒星社厚生閣)、村田修「日本における海水魚養殖の来歴と現状」(近畿大学)、西浜雄二『四つある記念碑「ホタテ養殖発祥の地」』(北海道栽培漁業振興公社)、佐久間智子「チリ南部におけるサケ・マス養殖に関する調査報告」(アジア太平洋資料センター)、広島県立総合技術研究所水産海洋技術センターホームページ、「月刊養殖」及び「養殖ビジネス」(緑書房)等を参考に記述した。

(3000年以上前から行われていた養殖)

世界的にみると、紀元前11世紀の古代中国(殷(いん)代末期)に養殖に関する記述があり、これが養殖に関する最古の記述といわれています。さらに中国では、紀元前5世紀の春秋戦国時代に、コイを中心とした淡水魚の養殖方法を記した書物「范蠡(はんれい)養魚経」が著されています。中国ではその後もコイ類の養殖が盛んに実施されており、現在では、コイ科魚類であるアオウオ・ソウギョ・コクレン・ハクレンが主に養殖されています。

ヨーロッパでは、古代ローマ時代の頃、当時高級品として需要が多かったウツボ、ウナギ等を生簀(いけす)や池で養殖していたほか、カキの養殖が行われていました。これらの養殖業は古代ローマ帝国の滅亡とともに衰退しましたが、中世ヨーロッパでは、北欧を中心にコイの養殖が行われていました。その後、ニジマス等の魚種が加わり、ヨーロッパ各地で内水面養殖が行われるようになりました。

海面養殖は1860年代のフランスでカキ養殖が始まりましたが、海面魚類養殖への取組は遅く、昭和35(1960)年頃にノルウェーでタイセイヨウサケ養殖への取組が始まり、昭和57(1982)年になって生産量が1万トンを超えました。南米のチリでは、昭和53(1978)年に日本の大手水産会社がチリ政府の協力の下でギンザケ養殖への取組を始め、昭和56(1981)年に初めての養殖ギンザケが水揚げされました。また、世界的に増加しているマグロ類の本格的な養殖は、豪州でミナミマグロの試験養殖が平成2(1990)年に開始され、平成5(1993)年に漁獲した稚魚を生簀(いけす)で曳航する方法の開発により本格化しました。またクロマグロ養殖は平成9(1997)年にスペイン沖合の地中海で開始されたことを皮切りに、現在ではイタリアやクロアチアといった地中海沿岸諸国やメキシコにも広がっています。

東南アジア・南アジア等では、1980年代の後半に台湾資本がウシエビ(ブラックタイガー)の養殖技術をタイに持ち込み、エビ類の養殖が盛んに実施されるようになりました。エビ類の養殖技術は日本での研究を基礎に、来日していた台湾人研究者等によって開発されたものです。しかし多くのエビ養殖場では数年間養殖を行うと病気が発生するなどの理由により古い養殖場の閉鎖と新しい養殖場の設置が頻繁に起こっており、養殖地域も東南アジアから南アジア、更にはサウジアラビア等中東諸国や中南米諸国にまで広がりをみせています。また、できるだけ自然に近い方法で養殖を行うため、あえて粗放的な養殖方法をとる事例もみられます。

コラム:中国の四大家魚と日本での試み

中国で大規模に養殖されている淡水魚であるアオウオ・ソウギョ・コクレン・ハクレンは、四大家魚と称されています。これらはそれぞれ食性が異なり、アオウオは泥中の底生生物、ソウギョは草、コクレンは動物プランクトン、ハクレンは植物プランクトンを主に摂食するため、人間が給餌(きゅうじ)をしなくとも餌が自然発生し、粗放的な養殖方法に適した魚類であることから、伝統的な養殖方法として長年にわたって行われてきました。

日本においても、第二次世界大戦中にタンパク資源の増産対策としてこれらの養殖が注目され、中国から日本各地に移植されましたが、利根川流域以外では定着することはありませんでした。利根川流域に定着し野生化したものは、現在では商業漁業の対象にはなっていませんが、産卵期にハクレンが行う「ジャンプ」が観光資源となっています。

ソウギョ
ソウギョ
アオウオ
アオウオ

ハクレン
ハクレン
コクレン
コクレン

中国の四大家魚(写真提供:さいたま水族館)
 

(我が国における養殖の歴史)

文献上記録が明確に残されている範囲では、魚類養殖については江戸時代の初期にあたる元和(げんな)年間(1615~1624年)に書かれた文献にコイ養殖に関する記述が残されています。また、キンギョは江戸時代の初期までに中国から我が国に渡来し、上流階級の愛玩(あいがん)動物として養殖が始められました。その後、キンギョが大流行し、武士の副業として養殖が行われたこともあり、江戸時代後期にはキンギョ養殖が盛んになりました。貝類養殖については、延宝(えんぽう)年間(1673~1681年)に安芸(あき)国(現広島県)沖合の瀬戸内海においてカキの種苗を干潟等にまいて成長させる地まき式養殖としてカキ養殖が始められたとの記録が残されています。藻類養殖については、東京湾において海中に建てた「ひび(*1)」にノリを付着させる方法でノリの養殖が始められたとの記録が残されています。

明治時代に入ると、まず内水面魚類養殖の技術が大きく発展します。明治10(1877)年に東京で水産伝習所(現国立大学法人東京海洋大学)がニジマスのふ化飼育に成功したことを皮切りに、明治12(1879)年に同じく東京でウナギの養殖が始められました。

海面養殖の分野では、まず貝類養殖が発展します。明治26(1893)年に英虞(あご)湾の神明浦(しめのうら)(現三重県志摩市(しまし)阿児町(あごちょう)神明(しんめい))で養殖アコヤガイの半円真珠の生産に成功したことに続き、明治38(1905)年に英虞(あご)湾の多徳島(たとくしま)(現三重県志摩市(しまし)阿児町(あごちょう))で真円真珠の生産に成功しています。1920年代に入ると、現在貝類養殖で主流になっている、いかだを用いた垂下式養殖方法に関する試験研究が水産講習所(現国立大学法人東京海洋大学)で行われ、良好な結果が得られました。垂下式養殖は従来の地まき式・ひび建式養殖と比べると比較的沖合でも養殖が可能であるほか、垂下式養殖以外では養殖が困難な沖合の表層域は潮通しが良く、餌となるプランクトンの供給も良いという利点もあることから、カキ類養殖で急速に普及しました。一方、ホタテガイ養殖は、天然ホタテガイの資源量の増減が大きく漁獲が不安定であった中、当時はカキの産地であったサロマ湖において、昭和4(1929)年に海と湖との間を開削したことによりサロマ湖の環境が激変し、カキ資源が大きく減少したことから、その対策としてホタテガイの増養殖が着目されたことがきっかけとなり試験研究が進められました。しかし、種苗の確保等の技術的課題があり、養殖業として本格的に確立したのは昭和40年代になってからです。

海面魚類養殖の分野では、明治40(1907)年にはクロダイとマダイの養殖試験が各府県の水産試験場で行われるようになり、昭和2(1927)年に香川県引田(ひけた)町(現東かがわ市)において、海を堤防で仕切った「築堤(ちくてい)式養殖施設」と呼ばれる施設でハマチ、アジ、サバ、タイ類を養殖したものが最初といわれています。

甲殻類養殖の分野では、明治38(1905)年に、熊本県の天草諸島に位置する維和島(いわじま)(現上天草(かみあまくさ)市)において、海水を入れた池でクルマエビ養殖の試みが始まりました。

第二次世界大戦後には、水産動植物の生態の解明が進む一方、養殖資材の工業製品化が進み、丈夫で安価な資材が開発されたことで、養殖業は大きく発展しました。

内水面養殖では、1960年代からアユ養殖が商業的規模で始められています。

貝類養殖においては、竹を用いた安価でかつ耐波性が高いいかだが開発されたことから、養殖に適する漁場が更に大きく広がり、養殖いかだの台数が大きく増加した結果、生産量が大きく増加しました。

ノリ養殖では昭和32(1957)年以降、網を利用した養殖方法が広く普及し、効率的な養殖が可能になったほか、1960年代に人工種苗生産手法が確立し、1970年代には冷凍による種苗の保存方法が確立したことにより、生産量が大きく増加しました。同じ藻類であるコンブやワカメの養殖は、昭和25(1950)年頃に岩手県の越喜来(おつきらい)湾でカキの養殖いかだに天然ワカメが付着したことから自然にまかせた粗放的なワカメ養殖が始められ、更に昭和28(1953)年には宮城県の女川(おながわ)湾で天然種苗の採苗と育成を行う本格的なワカメ・コンブ養殖が始まっています。

海面魚類養殖では、昭和30年代に施設費が安く簡便に設置できる小割り式生簀(いけす)が開発されたことにより、魚類養殖業への参入が容易になりました。昭和33(1958)年頃からは、西日本一帯でブリ養殖業への参入機運が高まり魚類養殖生産が大きく増加するとともに、より付加価値の高い養殖業を目指し各地で様々な魚種で養殖が試みられるようになりました。フグ類はブリと同時期に小規模な養殖が始まり、マダイ、マアジ及びシマアジは昭和40年代中頃から、ギンザケ及びヒラメは昭和50年代から商業的な養殖が始まっています。一方、クロマグロの養殖技術は昭和40年代中頃から研究が始まりましたが、当初は共食い、外傷、網への衝突等による斃死(へいし)が多く、これらの課題をある程度解決し日本で本格的な養殖生産が可能になったのは平成に入ってからです。

また、特に魚類養殖では、既存の養殖魚種の単価が頭打ち又は低下傾向にある中、技術開発により、チョウザメ、クエ、カワハギ等これまで養殖されなかった魚価の高い魚種を養殖することにより経営改善を目指す動きが強く、高級水産物の養殖割合が高まる傾向にあります。また、沖縄県でのクビレズタ(海ぶどう)養殖や青森県でのフジツボ養殖等、その地域独特の食材を養殖により安定的に供給し、地域の新しい特産物として販売したり、観光の目玉の一つとして地域の活性化につなげようとする動きもみられます。

*1 ノリを付着させるために海中に建てた杭のようなもの。

事例:チョウザメ養殖の取組(宮崎県)


世界三大珍味の一つとして広く知られているキャビアは、チョウザメ(*1)類の卵を加工したものです。チョウザメ類は、ほとんどの種が国際自然保護連合(IUCN)レッドリストの絶滅危惧種に指定されており、世界的にもチョウザメ養殖の技術開発が進められています。

我が国でもチョウザメを養殖する試みが行われてきましたが、商業的なキャビアの生産までにはなかなか行き着きませんでした。そのような中、平成16(2004)年に宮崎県水産試験場小林分場においてシロチョウザメの完全養殖が成功したことに続き、平成23(2011)年に種苗の量産技術が確立したことにより、商業的なチョウザメ養殖とキャビアの生産が可能になりました。ここまでの成果が得られるまでには30年という長い時間を要しています。

チョウザメの養殖技術は民間に移転され、宮崎県内全域で19業者が養殖に取り組んでおり、平成25(2013)年には「宮崎キャビア1983」の商品名で国産キャビアの販売が開始されています。特に宮崎県水産試験場小林分場が所在する宮崎県小林市では商工会議所が中心となり、ちらし寿司に仕立てた弁当や、にぎり寿司、刺身、鍋等を揃えたチョウザメづくしメニューを考案し、チョウザメ肉も含めたチョウザメ料理で町おこしに取り組んでいます。

*1 ユーラシアや北米大陸の寒冷地に広く生息する淡水魚で、チョウザメ目27種(チョウザメ科25種、ヘラチョウザメ科2種)のうち、23種が国際自然保護連合(IUCN)レッドリストの絶滅危惧種に指定されている。

チョウザメ成魚
チョウザメ成魚(写真提供:宮崎県)

宮崎キャビア1983
宮崎キャビア1983
(写真提供:宮崎県)
宮崎県でのチョウザメ養殖の取組
 


お問い合わせ先

漁政部企画課
担当者:動向分析班
代表:03-3502-8111(内線6578)
ダイヤルイン:03-6744-2344
FAX:03-3501-5097

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