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水産庁

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(3)海洋環境の変化と水産資源との関連

(海洋環境と資源変動)

水産資源の資源量は海洋環境の影響を強く受けます。特に、卵や仔稚魚しちぎょと呼ばれる発生の初期段階における生残率は、海洋環境の影響を強く受けます。また、影響を与える環境要因としては、水温、海流、餌量等があり、中でも水温については、他の要因よりも測定が容易で情報量が豊富なため、多くの資源について資源変動との関係が調査・報告されています。例えば、北太平洋の水温には、レジームシフトと呼ばれる数十年規模の変動が認められていますが、我が国周辺水域では、水温が温かい時代である温暖レジームにはカタクチイワシやスルメイカ等の漁獲量が増え、逆に冷たい時代である寒冷レジームにはマイワシやスケトウダラ等の漁獲量が増える傾向にあります。1990年代以降、我が国周辺水域は温暖レジームにあり、カタクチイワシやスルメイカの資源状況が良好でしたが、近年はこれらの魚種の資源量が減るとともに、マイワシの資源量が増えており、寒冷レジームに移行しつつある可能性が示唆されています。このような魚種交替が生じるメカニズムについては未だ不明な点が多いのですが、例えば、マイワシ仔魚の方がカタクチイワシ仔魚よりも成長に好適な水温が低いことが確認されており、これが寒冷レジームにおいてマイワシは増えるが、カタクチイワシは減る一因となっている可能性等が示唆されています(図1-2-3)。

図1-2-3 魚種交替がみられる魚種の漁獲量の推移

マイワシ,スルメイカ,カタクチイワシの漁獲量を温暖期と寒冷期に分けて見た時の年次推移を示した図。寒冷期にはマイワシが増え、温暖期にはスルメイカ,カタクチイワシが増えている。

(気候変動による影響と適応)

気候変動は、地球温暖化による海水温の上昇等により、水産資源や漁業・養殖業に影響を与えます。海水温の上昇が主要因と考えられる近年の現象として、ブリやサワラ等の分布域の北上があり、ブリについては、近年、北海道における漁獲量が増加しています。また、沿岸資源については、九州沿岸で磯焼けが拡大してイセエビやアワビ等の磯根資源が減少したり、瀬戸内海では南方系魚類であるナルトビエイの分布拡大によるアサリへの食害が増加したりしています。さらに、養殖業においては、陸奥湾むつわんでのホタテガイの大量へい死や広島湾ひろしまわんでのカキの斃死率の上昇、有明海ありあけかいでのノリの生産量の減少等が報告されています。このような状況に対処するためには、例えば、分布域が北上した魚種については現地での利用を促進したり、ホタテガイの大量斃死を防ぐために、水温が20℃を超えた際に養殖施設を水温の低い下層に移すなどの対策を検討していくことが必要です。

我が国周辺水域は1990年代以降温暖レジームにあり、近年観測されている海水温の上昇が、地球温暖化によるものか、レジームシフトによるものかの判断は困難ですが、地球温暖化による海水温の上昇が、今後中長期にわたって進行したと仮定した場合の水産資源への影響評価も行われています。例えば、日本海のスルメイカや北太平洋のサケ(シロザケ)については、そのような仮定に立てば2100年頃に向けて夏季の分布域が当然のこととして北上することが予測されています(図1-2-4)。

図1-2-4 2050年、2100年頃のスルメイカ、シロザケの分布変化の図

温暖化による水温予測結果を用いた7月の日本海におけるスルメイカの分布密度予測図
日本海のスルメイカの分布密度の変化を2000年,2050年,2100年に分けて示した図。分布域が北上する予測となっている。
温暖化による水温予測結果を用いたサケの分布域予測図
太平洋北部のサケの分布域の変化を現在,2050年,2100年の3月,8月に分けて示した図。分類したが北上する予測となっている。

気候変動は、海水温だけでなく、深層に堆積した栄養塩類を一次生産(主に植物プランクトンによる光合成)の行われる表層まで送り届ける海水の鉛直混合等にも影響を与えるものと予測されています*1。さらに、大気中の二酸化炭素濃度の上昇に伴って海洋の酸性化も進行するとみられます。このような環境の変化が海洋生態系に与える影響については、調査船や人工衛星を用いてしっかりモニタリングしていくことが重要です。

  1. 温暖化により表層の水温が上昇すると、表層の海水の密度が低くなり沈みにくくなるため、鉛直混合が弱まると予測されている。

気候変動に対しては、温室効果ガスの排出抑制等による「緩和」と、避けられない影響に対する「適応」の両面から対策を進めることが重要です。このうち適応に関して、国は、平成27(2015)年に政府全体として「気候変動の影響への適応計画」を決定しました。また、特に農林水産分野における適応策については、同年に策定した「農林水産省気候変動適応計画(適応計画)」に基づき、将来予測等を踏まえて計画的にきめ細かく対応することとしています。このうち、水産分野に関しては、環境変動下における資源量の把握や漁場予測の精度向上を図ること、高水温への耐性を持つ養殖品種の開発や魚病への対策を講じること等により、環境の変化への適応を進めていくこととしています。例えば、ノリについては、既存品種は23℃以下の水温にならないと安定的生産ができないため、24℃以上で2週間以上生育可能な育種素材の開発が進められています。また、魚病については、水温上昇に伴い養殖ブリ類の代表的な寄生虫であるハダムシの繁殖可能期間の長期化が予測されています。ハダムシがブリ類に付着すると、魚が体を生簀いけすの網に擦り付けることで表皮が傷つき、他の病原性細菌等が体内に侵入する二次感染によって養殖ブリ類が大量に死亡することがあります。そのため、ハダムシが付きにくい養殖ブリ類の品種の作出が進められています。

さらに、平成28(2016)年5月には、地球温暖化対策を総合的かつ計画的に推進するための政府の総合計画として、「地球温暖化対策計画」が閣議決定されました。農林水産省では、これを踏まえた「農林水産省地球温暖化対策計画」を平成29(2017)年3月に策定しました。水産分野では、省エネルギー型漁船の導入の推進等の漁船の省エネルギー対策、流通拠点漁港等における効率的な集出荷体制の構築等の漁港・漁場の省エネルギー対策、二酸化炭素の吸収・固定に資する藻場等の保全・創造対策の推進により、地球温暖化対策を講じていくことが盛り込まれました。今後、「適応計画」と一体的に推進していくこととしています(図1-2-5)。

図1-2-5 気候変動と緩和策・適応策の関係

気候変動(地球温暖化)による影響の緩和策(温室効果ガスの排出削減と吸収対策)と適応策(悪影響への備えと新しい気候条件の利用)を示した図。緩和策により、人間活動による温室効果ガス濃度の上昇を抑制する。適応策により、最大限の緩和策でも避けられない影響を軽減する。