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水産庁

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(1)養殖業におけるICTの活用

養殖業は、ノリ養殖やカキ養殖などの無給餌養殖と、ブリ養殖やクロマグロ養殖などの給餌養殖に大別されます。

無給餌養殖では、水温や塩分等により、育成が止まったり、逆に育成のスピードが速まったりすることから、計画的に育成させるためには、こうした水温等のデータの把握が欠かせません。従来は、自ら海上に船を出して水温等を直接計測したり、漁業協同組合や水産試験場が測定したデータをFAXや掲示板で見ることでしか水温等のデータを知ることができませんでしたが、海上で水温等のデータを測定し、その結果を携帯電話等で「いつでもどこでも」見ることができるシステムの開発が各地で試みられており、必要な情報を必要な時にリアルタイムで把握できることで時期を逸せずに的確な養殖作業が行えることが期待されます。

一方、餌代が支出の6~7割を占める給餌養殖では、水温や溶存酸素等のデータに加え、給餌量や成長速度等のデータを蓄積していくことで最適な給餌方法を見つけ出し、出荷計画に合わせた給餌量の調整や効率的な給餌による餌代の削減などの生産管理が可能になることが期待されます。また、生簀の中の養殖魚の数は通常は経験的に推測していますが、推測量の正確さによっては、生産金額の予測と実績に大きなずれが生じる可能性があります。このため、生簀の中の魚の数を自動的にカウントしてより正確に把握する手法の開発が進められており、着実な経営と省力化が期待されます。

事例宮城県東松島ひがしまつしま松島湾まつしまわんにおける海洋観測ブイを活用したカキ・ノリ養殖

カキ・ノリ養殖が盛んな宮城県松島湾では、東日本大震災以降、海洋環境の変化によりカキの養殖用種苗である種ガキの生産が不安定になっていることを踏まえ、種ガキのもととなる稚貝を付着させる時期やカキの成長に合わせていかだを移動する時期を見極めるため、漁業者が水温測定のためのブイを養殖場に設置し、陸上で1時間毎に確認しています。また、ノリ養殖では、育苗*1の際の水温と塩分が収獲量・品質に大きな影響を与えます。このため、漁業者は、水温と塩分が測定できるブイを養殖場に設置してデータを遠隔で把握し対応しています。

  1. ノリ網に付着させたノリの殻胞子かくほうしを健全なノリ芽に育て上げる作業。

養殖場の状態を遠隔で把握できることにより、何度も漁場に出て行っていた手間が省け、養殖作業の効率化が図られています。

海洋観測ブイの写真

事例有明海におけるノリ養殖の取組

ノリ生産量全国1位を誇る有明海では、養殖ノリの品質及び収獲量の向上のため、漁業者が、水温等が測定できるブイを設置し、これらのデータを遠隔で把握する取組を行っています。

また、佐賀県有明海域では、病害や赤潮対策、ノリ養殖業者の作業の省力化などの課題を解決するため、行政、大学、民間企業等が連携してICTを活用した実証試験を開始しています。

空からドローン(無人航空機)で養殖場を撮影した映像や観測ブイから得られたデータをビッグデータとして蓄積・管理し、AIで画像解析を行い、赤腐れ病等の病害の発生状況を検知した結果や赤潮の広域的な発生状況を漁業者に早期に伝えることにより、的確な対策が早期に講じられることが期待されています。また、今後は観測ブイから取得した水質データと比較して、AIを用いて病害、赤潮の発生状況と各種水質データの因果関係を分析することを目指しています。

有明海上空を飛行するドローンの写真

事例宇和海うわかいにおける養殖業の取組

愛媛県宇和海は、マダイ等の養殖業が盛んな地域です。愛南町あいなんちょうでは、養殖業者が抱えていた赤潮や魚病の被害を軽減するため、町内各海域の水温、溶存酸素などの水域情報をネットワークで配信するほか、赤潮発生時にはあらかじめ登録された生産者の携帯電話等へ緊急メールを送るシステムを構築しています。このシステムの導入により、赤潮が発生した際には、生産者は餌止めや生簀の移動等の赤潮対策を早くとれるようになり、赤潮被害の軽減につながっています。また、愛南町が行っている養殖魚の魚病診断では、診断結果を電子カルテ化して生産者が閲覧できるようにしたことで、生産者が魚病発生の傾向を把握し効果的な対策をとれるようになっています。

さらに愛南町では、より積極的にICTを養殖業へ活用する試みが行われています。生簀に設置されている既存の自動給餌機に水中カメラ等の通信制御装置を連動させ、スマートフォンやパソコンなどでリアルタイムに養殖魚の摂餌状況を動画で確認し給餌機を遠隔操作できるシステムの開発・実証に取り組んでいます。これにより、餌の削減や効率的な給餌が可能になるほか、省力化も期待されています。

また、これらを更に発展させて、宇和海全体のセンサーネットワークシステムを構築し、沿岸環境情報の集積と海況(現況、予測)情報を水産関係業者に発信して、養殖業生産量の増加につなげようという取組も始まっています。

既存の給餌機に連動させた給餌管理システムの写真
スマートフォンからの遠隔操作画面の写真

事例宮城県女川町おながわちょうにおける環境ICTを活用したギンザケ養殖

我が国魚類養殖において、ブリ類、マダイに次いで第3位の生産量をあげているギンザケは、宮城県がその約9割を生産しています。ギンザケはふ化後淡水で約1年育て、11月頃海面生簀に収容し、翌年夏頃まで養殖しますが、水温が20℃を超えると死亡する個体が急増するので、7月頃までに水揚げしなければなりません。しかし、より水温が低い底層に生簀を沈めることができれば、単価の高い8月まで成育・出荷することができます。そのため、女川町のギンザケ養殖場において、深い水深帯の水温や溶存酸素等のデータを取得し、そのデータに基づいて遠隔操作により自動浮沈させる技術の開発を進めています。また、水中映像で摂餌状況や残餌を自動検知し、給餌量を調節することによって飼料の節約や環境負荷低減を図る取組も進めています。

遠隔操作により浮沈操作や給餌作業が可能な生簀の写真

事例鹿児島県東町あずまちょう漁業協同組合におけるブリ養殖の生産管理システム導入の取組

鹿児島県は、ブリ養殖の生産量が全国1位ですが、多数の小規模経営者からなる東町漁業協同組合では、多様な販売先の要望に対して素早く的確に対応するための仕組み作りが強く求められていることから、生簀毎の生産工程(給餌量、成長量、生残率等)と環境情報(水温等)を統合管理するための養殖管理システムを導入し、生産・生育の状況を「見える化」することにより、販売先から求められる品揃えや数量に対して効率的に出荷するための共販システムづくりを目指しています。

そのため、(研)水産研究・教育機構が中心となり、県や民間企業が連携して、環境データや養殖管理データを養殖業者が生簀上からタブレット端末を活用して簡便に入力するシステムを試験的に開始するとともに、生簀に水中カメラを設置し、養殖魚の体長と個体数を高い精度で自動的に計測する画像解析処理システムなど、生産過程を正確に可視化するためのシステム開発を行っています。

この技術を通じて蓄積されたデータを用いて、短期的には適切な給餌方法やコスト削減の指導、また、将来的には、市場の求めに正確に自動的に対応することができる販売管理のシステムづくりに役立つことが期待されます。

タブレットを活用した生産管理の写真

事例長崎県松浦まつうら鷹島たかしまにおけるクロマグロ養殖の取組

マグロ養殖事業を行う双日ツナファーム鷹島株式会社では、これまで経験則に基づいて行ってきている給餌方法(量やタイミングなど)の最適化が課題となっています。そのため、養殖場に環境を測定するブイを設置し、継続的なデータ取得を開始しており、将来的には、AI技術を用いて環境データと成長データとの相関関係を分析し、給餌量と給餌タイミングの最適化を確立し、省力化、餌代の削減などを目指しています。

また、現在行われている尾数管理は、ダイバーによる水中撮影に依存していますが、撮影にかかる作業負担が大きい上に、天候や水の透明度、撮影位置等の条件により映像の画質が大きく左右されるため、高性能水中カメラや水中ドローン等の最新機材を用いて撮影作業の省力化と画質の改良を行うとともに、AIの深層学習機能を使った映像解析の精度向上も目指しています。

海中を観測(水中センサーとデータ送信機器)の写真
撮影によるクロマグロの自動カウントの写真

コラム養殖魚の正確な尾数カウントの重要性

生簀の中の養殖魚の尾数の把握については、例えば、生簀に移す際に映像を撮影し、後でその映像を基に人力で尾数をカウントしたりしていますが、人力による作業では実際の尾数との間にどうしても誤差が生じます。

では、数%の尾数の誤差があったとき、どのくらい生産金額や収益に差が出るのかブリ養殖で試算してみましょう。

表:ブリ養殖における1経営体当たりの尾数のカウントのずれによる生産金額のずれ

 

尾数

生産金額

収益
(生産金額-漁労支出)

予定収益に対する
減少率(%)

予定

3万5,000尾

1億3,125万円

2,898万円

尾数が1%少なかった場合

3万4,650尾

1億2,994万円

2,767万円

▲5%

尾数が3%少なかった場合

3万3,950尾

1億2,731万円

2,504万円

▲14%

このように、尾数がわずか数%のずれであっても、収益の減少率でみるとかなりのずれが生じます。

したがって、尾数を正確にカウントすることは、養殖業者にはとても重要なことなのです。