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水産庁

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(3)海洋環境の保全と漁業


(環境問題としての漁業と資源の持続的な利用)

漁業は、自然の生態系に依存し、その一部を様々な方法で採捕することにより成り立つ産業です。このため、海洋環境や海洋生態系を健全に保つことは漁業活動を持続的に行っていくための重要な前提条件であり、これを適切に推進していくことは、漁業の存続にも関わる重要な課題です。

一方、漁業は、漁獲対象種の資源に直接的な影響を与えるだけでなく、生態系内の他の生物種にも間接的な影響を与えることがあります。また、漁獲の過程においては、漁具との接触によって海底の生態系に影響が及んだり、漁獲対象ではない魚種や、海鳥、ウミガメ等の生物の偶発的な混獲が発生したりする可能性もあります。近年、環境団体が強い影響力を有する欧米を中心として、漁業の持つこのような側面を環境問題として捉え、漁業の大幅な制限を求める動きが強まっています。

生態系の保全や混獲生物の保護のために関係漁業の全面禁止といった措置が短絡的にとられれば、食料供給、雇用、沿岸コミュニティの維持等に広範囲な影響を与えるおそれがあります。このため、生態系の保全や混獲生物の保護に当たっては、漁獲対象種の資源管理と同様に最良の科学的知見を踏まえるとともに、社会的・経済的な影響を最小限にとどめることにも注意を払い、関係する漁業者の協力を得ながら、水産資源の持続的利用との両立を図っていくことが重要です。


○脆弱(ぜいじゃく)な海洋生態系の保護

脆弱な海洋生態系(VME : Vulnerable Marine Ecosystem)とは、特殊で希少な種が生息する生態系、成長が遅く長寿命な種等を含む生態系等の損傷を受けやすい海洋生態系であり、主に冷水性のサンゴ等の底生生物群集がこれに当たります。底びき網等で深海の底魚類を漁獲する漁業においては、漁具との接触によるこうした生態系への悪影響が問題視されてきました。平成16(2004)年には、国連総会において公海水域における着底底びき網漁業の全面禁止が提案され、この提案は結果的に否決されたものの、底魚漁業がVMEに与える影響は、漁業と環境をめぐる問題の焦点の一つとされています。

漁業自体の全面禁止といった過剰な規制が安易に導入される事態を避け、この問題に適切に対処していくためには、漁業や科学調査から得られるデータからVMEの存在する水域を特定し、科学的な根拠に基づいて、各水域における生態的な特性や漁業の特性を踏まえた保護措置を講じていくことが重要です。

このため、NAFO、CCAMLR等の底魚漁業を管理する地域漁業管理機関では、VMEの保全を目的として、一部の漁具の使用禁止なども含め、底魚漁業の管理を強化してきました。さらに、VMEの存在の指標となる生物種が混獲された際には操業を停止してその場から一定距離以上離れるルールの義務付け、VMEの存在が確認又は予想される水域での禁漁区の設定等の措置を順次導入・強化し、漁業を継続させつつ、VMEの保全を図っています。

トクササンゴ科の一種
トクササンゴ科の一種
(写真提供:(研)水産研究・教育機構)

我が国は、科学的な根拠に基づき、漁業との両立を図りながら有効かつ適切な措置が講じられるよう、こうした議論に積極的に参加しています。特に、北太平洋海域においては、我が国は長期間にわたる漁業データを有するとともに、天皇海山水域における科学調査を実施してVMEに関する知見を蓄積してきました。NPFCでは、条約の発効前からこれらのデータに基づいてVMEの保全に関する措置が実施されています。我が国としては、科学的な知見の収集により、適切な措置の導入に今後とも貢献していくこととしています。


○混獲をめぐる議論

まぐろはえ縄漁業等の漁業においては、サメ類、ウミガメ類、海鳥類等が混獲されることがあり、はえ縄漁業への批判の材料ともなっています。

こうした中、カツオ・マグロ類の地域漁業管理機関においては、ウミガメ類の混獲を抑制する漁具の導入や、海鳥の混獲を抑制するための漁具や操業方法の規制など、漁業対象とならない生物種の混獲を回避するための措置が講じられてきました。

一方、サメ類は、混獲種ではありますが、ヒレ(フカヒレ)や肉が利用される重要な水産資源でもあります。このため、資源評価に基づき資源状態の悪い種に関しては放流を義務付けるなどの措置がとられているほか、高値で取引されるフカヒレのみを切り取って魚体を捨ててしまう「ヒレ切り」が行われることがないよう、頭や内臓以外の全ての部位を水揚げ時まで保持する完全利用が義務付けられています。これらの措置は、サメ類資源の保全を図りつつ、その持続的利用を確保しようとするものです。

しかしながら、サメ類は海洋生態系の上位を占める象徴的な種ともみなされており、近年、米国等の一部の地域においてフカヒレの所持や販売、提供が全面的に禁止されたり、一部の環境団体が企業に対し一切のフカヒレに関する取引の停止を呼びかけたりするなど、サメ類資源の持続的な利用自体を否定するような動きが相次いでいます。

我が国としては、適切な資源管理措置により、サメ類を保護しつつ、水産資源としての持続的利用を確保するため、サメ類の漁獲状況や資源状況の把握、それらの科学的知見に基づいた保存管理と完全利用の推進を図っていくこととしています。


○海洋保護区の設置

海洋保護区(MPA : Marine Protected Area)は、海洋生態系の保全等のために一定の水域の保護を図るものであり、環境省の「海洋生物多様性保全戦略」では、「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全及び生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域」と定義されています。

近年、MPAの設置を加速しようとする国際的な動きが強まっています。平成22(2010)年には、「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)」の下で、平成32(2020)年までに沿岸域及び海域の10%をMPA又はその他の効果的な手段で保全することを含む「愛知目標」が採択されました。このMPAに関する目標は、平成24(2012)年に開催された国連環境開発会議(リオ+20)においても成果文書に取り上げられたほか、平成27(2015)年に国連で合意された「持続可能な開発目標」においても同様に規定されています。

MPAは、必ずしも漁業禁止区域を意味するものではなく、目的に応じて漁業の管理に限らず様々な種類の保護措置が考えられます。MPAを設置すること自体を目的として、広大な水域に漁業を排除するような強い保護を与えることは、水産資源の持続的利用の観点から、望ましいことではありませんが、適切に設置され運営されるMPAは、海洋生態系の適切な保護を通じて、水産資源の増大にも寄与するものと考えられます。MPAの設置に当たっては、科学的根拠を踏まえた明確な目的を持ち、それぞれの目的に合わせて適切な管理措置を導入することや、継続的なモニタリングを通して効果的に運営していくことが重要です。

南極海を管轄水域とするCCAMLRにおいては、平成28(2016)年、生態系の保全や科学研究の促進、メロの産卵場の保護等を目的として、155万㎢に及ぶロス海MPAの設置が合意されました。このMPAには、一定の漁業が認められる区域と漁業が禁止される区域の双方が含まれています。なお、「南極の海洋生物資源の保存に関する条約」の規定により、このMPAは、我が国が「国際捕鯨取締条約」に基づき実施している南極海における科学調査のために鯨類を捕獲する権利を害するものではありません。また、将来、IWCで捕獲枠が設定され、商業捕鯨を再開する場合でも、同様に、このMPAの規定は適用されません。


コラム:我が国のMPA

平成23(2011)年、MPAに関する我が国の考え方を整理した「我が国における海洋保護区の設定のあり方」が、内閣総理大臣を本部長とする総合海洋政策本部会合において了承されました。我が国には、「海洋保護区」と命名された水域を指定する制度はありませんが、海洋生物の生息地を保全するために開発行為を規制する水域や、水産資源の持続的利用を目的として漁業を管理している水域等、「海洋生物多様性保全戦略」におけるMPAの定義に合致する様々な水域が存在しています。このように様々な制度の下で保護・管理されているMPAは、我が国の沿岸域を覆うように多数存在しています。

我が国におけるMPAの多くでは、地域の漁業者を主体とする水産資源や生態系の管理が行われています。


舳倉島の海女漁
(写真提供:石川県漁業協同組合輪島支所)

アマモ場
アマモ場

例えば、石川県輪島市(わじまし)の沖約50kmに浮かぶ舳倉島(へぐらじま)は、古くから輪島市海士町(あままち)の漁場とされ、夏にはサザエやアワビ等の海女(あま)漁が盛んに行われてきました。この島の周辺水域では、「漁業法(*1)」に基づく共同漁業権区域、「海洋水産資源開発促進法(*2)」に基づく沿岸水産資源開発区域等の指定がなされているほか、貴重な磯根資源を守るため、海士町自治会による自主的な漁場の区域や禁漁区の設定・管理が行われています。地域の共同体に基づくこうした漁業管理の中で、舳倉島の海女漁は持続的に営まれています。

また、岡山県備前市(びぜんし)の日生(ひなせ)地区では、伝統漁法であるつぼ網漁業(小型定置網漁業)を営む漁業者が中心となり、アマモ場の再生が行われています。日生地区の沿岸域は、瀬戸内海国立公園区域に指定されているほか、共同漁業権区域等も存在しています。この水域では、環境汚染等により、アマモ場の面積が大きく減少し、昭和60(1985)年にはわずか12haとなりました。こうした中で、日生地区では、漁業者が中心となってアマモ場の造成活動とその周辺での禁漁区の設定等を実施し、近年では、アマモ場の面積は約200haまで急速に回復しています。アマモ場の復活に伴って一部の魚種では漁獲量の回復がみられ始めています。

我が国では、MPAを、漁業等の人間活動を禁止する水域としてではなく水産資源の保存管理手法の一つとして捉え、海洋生態系及び生物多様性の保全と漁業の持続的発展の両立を図っていくこととしています。平成25(2013)年に閣議決定された「海洋基本計画」においては、我が国におけるMPAの管理の充実を図るとともに、設定を適切に推進すること、また、我が国のMPAの在り方について国内外への理解の浸透を図ることとしています。

特に、東南アジア等、小規模な漁業者が多数存在する地域においては、我が国における取組が参考となるものと考えられます。このため、国際会議の場等を通じ、我が国におけるMPAの取組について発信を行っています。


*1  昭和24(1949)年法律第267号
*2  昭和46(1971)年法律第60号
 

(CITESと漁業)

環境の観点から漁業に関連する規制を強化する動きは、国連等での議論や地域漁業管理機関の中だけにとどまりません。特に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES)」における漁業対象種の扱いに関する議論が、国内外で強い関心を集めています。

CITESは、輸出国と輸入国が協力して絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引を規制することにより、その保護を図ることを目的とした条約です。CITESには、野生動植物の種の絶滅のおそれの程度に応じて3段階の規制があり、それぞれに国際取引の規制が実施されています(表1−3−1)。漁業対象種に関しては、鯨類、サメ・エイ類、チョウザメ類、ヨーロッパウナギ等が附属書1又は2に掲載され、国際取引規制の対象となっています。


表1-3-1 CITESの規制の概要

約3年に一度開催されるCITESの締約国会議においては、近年、商業漁業の対象種に関する提案が活発に行われるようになっています。平成22(2010)年にドーハ(カタール)で行われた第15回締約国会議では、モナコが大西洋クロマグロを附属書1に掲載する提案を提出し、我が国の国内でも大きな注目を集めました。国際的な商業取引が全面的に禁止されれば、大西洋クロマグロを対象とする漁業・養殖業の存続自体が危ぶまれます。結果としてこの提案は否決されたものの、地域漁業管理機関において十分な資源管理が行われなければ、CITES等の漁業に専門的な知見を有さない場において、漁業に大きな影響を与える決定がなされかねないことが改めて認識され、これをきっかけに関係する地域漁業管理機関において資源管理の強化が図られました。

CITES第17回締約国会議の議場風景
CITES第17回締約国会議の議場風景

平成28(2016)年9~10月には、ヨハネスブルグ(南アフリカ)で第17回締約国会議が開催されました。この会議に向けては、太平洋クロマグロやニホンウナギの動向が注目されました。結果的に両種ともに附属書への掲載提案は提出されませんでしたが、ウナギ類に関して資源や取引の状況等を第18回締約国会議に向けて調査の上、議論していくことが決まりました。我が国は、ニホンウナギの生息地及び消費国としての責任を有しており、今後行われる調査や議論に積極的に参加していくこととしています。また、関係国・地域である中国、韓国及び台湾との連携の下、シラスウナギの池入れ数量の制限等の取組を一層進めていくことが重要です。

一方、同締約国会議においては、サメ・エイ類を附属書2に掲載する提案も行われました。これらのサメ類に関する提案については、商業漁業対象種に関する提案に対して科学的・技術的助言を行うFAOの専門家パネルが「資源状態は附属書掲載に関する基準を満たさない」と結論付けたにもかかわらず、投票によって附属書掲載が決定されました。

欧米諸国等における環境団体の影響力の増大を背景として、今後とも、商業漁業対象種の附属書掲載提案が続く可能性があります。しかしながら、商業漁業対象種については、専門的知見を有する地域漁業管理機関等において適切に漁業を管理することを基本とし、科学的な知見に基づいて保護と利用のバランスを図っていくことが重要です。


コラム:科学に基づくべき場に持ち込まれる非科学

いかなる水産資源に関しても、適切な管理の基礎を成すのは科学です。しかしながら、時として、科学に基づかない議論が資源管理をめぐる議論の場に持ち込まれることがあります。例えば、「鯨は神聖な動物だから保護すべきだ」、「イルカはかわいいから食用にすべきでない」といった一部の国や人々の価値観に基づく主張は、決して科学的なものとはいえません。「カリスマ的な生物種」としての保護をサメ類やマグロ類に求める動きもあります。

また、捕鯨をめぐっては、「絶滅に瀕(ひん)した鯨を救うために捕鯨は停止すべき」といった主張もみられます。しかし、実際には鯨の資源状況は種により様々であり、我が国が捕獲調査の対象としている南極海のクロミンククジラの資源は人間が捕鯨を始める前の初期資源の水準を大幅に上回っているなど、十分な資源量を持つ鯨種も存在しています。さらに、IWC科学委員会は改訂管理方式(RMP:Revised Management Procedure)と呼ばれる鯨類に関する管理戦略を平成4(1992)年に既に完成させており、適切な保存管理措置の下で資源を持続的に利用していくための仕組みも整っています。しかし、IWC総会では、鯨は保護すべき動物との立場に立つ反捕鯨国が多数派であり、科学的な主張が支持を得られない状況にあります。

このような科学的根拠に基づかない主張により、資源の持続的な利用が阻害される事態は、望ましいものではありません。また、各地で歴史的に形成されてきた食文化を不当に否定し、関係する地域コミュニティにも大きな影響を与えます。科学的な議論とそうでない議論を峻別(しゅんべつ)し、最良の科学的情報を踏まえて資源の持続的利用を確保していくことが重要です。

 

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