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水産庁

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(1)海洋環境の把握

(人工衛星による海水温等の把握とその利用)

魚にはそれぞれ好む水温帯があり、また、回遊魚は異なる水塊の境界周辺に集まることが経験的に知られています。このため、海洋の水温の空間分布をあらかじめ把握できれば、目的とする魚が分布する場所を推測することができ、漁場を探索する時間と労力を節約し、効率的な漁業を行うことができます。また、海水温の変動は海洋生物の資源変動をもたらす要因の一つと考えられ、その長期的な変動を明らかにし海洋生物の変動との関係を把握することは、水産分野における気候変動への円滑な適応を進める上での重要な課題となっています。

我が国では、100年以上前から海洋観測で測定した海水温などの海洋環境と魚の分布や漁獲との関係が調べられてきました。明治・大正期の農商務省技官北原多作は「漁業をして健全なる発達を遂げしめんには海洋と水族の相互関係を解明ならしむることが特に肝要である。即ち重要水族の生態、海洋の理化学的性状及び漁況とを多年に亘りて調査し、その資料総合乃至は分析を行い、以て漁業の向かうところを指示し得るに至って初めてその目的を達成し得るのである」と海洋調査の重要性を説き、明治43(1910)年から漁業基本調査が開始されました。はじめは、沿岸に設定した観測点での水温や比重の定期的な観測を主体としたものでしたが、大正7(1918)年からは複数の観測点を沿岸から沖合に向け伸びるライン上に配置した定線観測も本格的に行われるようになりました。同時に、我が国周辺の海水温観測結果をまとめた海水温分布と漁獲の状況を記載した海洋図が定期的に発行されるようになりました。これ以降、調査船を用いた我が国沿岸域の海洋の定線観測は、水産庁の水産研究所(現:国立研究開発法人水産研究・教育機構)及び都道府県の水産試験場等により現在まで継続して実施されています(図1-2-1)。

図1-2-1 沿岸から沖合に向けた定線観測図

日本列島周辺の定線観測の観測点を示した図

また、漁業者向けの海況情報の提供も継続して行われ、全国規模としては、昭和47(1972)年から社団法人(現:一般社団法人)漁業情報サービスセンター(JAFIC)がその業務を行っています。人工衛星情報などの海洋環境情報に加え、漁場の海面水温や漁獲物情報、漁港への水揚げ状況などを収集・整理し、漁業に役立つ漁海況情報を発信しています。

調査船による観測や漁業現場情報に基づく海況情報は、漁業者に届く段階では、過去の情報となってしまうことから、漁業者が必要とするリアルタイムの海況情報、そして未来の予測情報の提供は、長年の夢でした。その実現までには、衛星観測技術とスーパーコンピューターを用いた海洋の状態を再現・予測する数値シミュレーション技術の発展が必要でした。1980年代になり、米国の気象観測衛星NOAA*1に搭載されているAVHRR*2センサーによる海面水温観測データの利用が可能となり、昭和60(1985)年からは準リアルタイムで人工衛星から見た解像度の高い広域の海面水温マップの提供がJAFICにより開始され、漁業者はFAX通信を介して、漁場で最新の海面水温の詳細な分布を把握することが可能になりました。これにより、一気に衛星データ利用の時代が到来することとなりました。また、NOAA衛星からのデータは、比較的簡単な受信装置で取得できることから、1990年代以降、水産関係の試験研究機関などでもリアルタイムで情報が得られるようになり、利用が広がりました。また、洋上におけるデジタル通信の普及により、漁船での海況情報の入手方法もFAX受信から携帯電話やパソコンによりインターネットを経由して直接利用する方法に変わってきています。

  1. National Oceanic and Atmospehric Administration:米国海洋大気圏局又は所属する気象衛星の愛称。
  2. Advanced Very High Resolution Radiometer:改良型高解像放射計

我が国においても新しい世代の地球観測衛星の運用が開始されています。平成24(2012)年に打ち上げられたGCOM-W*1(しずく)はマイクロ波放射計を搭載し、解像度は粗くなりますが、通常のセンサーでは観測できない雲に覆われた海域の海面水温を観測することができ、他の衛星によるデータと併せて用いることにより海面水温観測の精度向上に役立てられています。平成27(2015)年には新しい静止気象衛星ひまわり8号の運用が開始され気象監視に活躍していますが、同時に10分に1回という高頻度での海面水温観測データが利用可能となり、海洋分野への利用も開始されています。平成29(2017)年12月にはGCOM-C*2(しきさい)が打ち上げられました。「しきさい」は高解像度(250mメッシュ)で海面水温、海色を観測することが可能であり、海況情報の質的な向上が期待されています。このように、海面水温に関しては、衛星観測の充実によってリアルタイムでの把握が可能になりました。

  1. GCOM(Global Change Observation Mission)は地球環境変動観測ミッション。GCOM-Wは水循環変動観測衛星。
  2. 気候変動観測衛星

一方、海洋の状態を知るには、海面だけではなく海の中の水温や塩分の情報も必要です。このため、前述した水産関係の試験研究機関による定線観測では海中の情報も収集しています。また、2000年代以降、世界各国が共同で実施しているアルゴ計画*1により、世界中の海でアルゴフロートと呼ばれる観測機器による水温や塩分の自動観測が拡充され、外洋域の観測データが定常的に得られるようになっています。

1990年代以降、衛星観測により海面高度*2の情報が得られるようになると、現場観測による水温及び塩分データと、衛星観測による海面水温及び海面高度のデータを統合し、海洋構造を再現する技術や数値モデルを用いた海況予測システムの開発が進みました。国内においても、気象庁、国立研究開発法人海洋研究開発機構、(研)水産研究・教育機構などにおいて海況予測システムの開発、運用が行われ、1~2か月先までの海況予測情報の定期的な発信が実施されています。(研)水産研究・教育機構による海況予測情報は、我が国周辺のイワシ類やスルメイカの漁況予測にも活用されています。

漁業活動の効率化を進めるため、詳細で精度の高い海況予測情報が必要不可欠です。そのためには、海洋状態把握の基盤となる調査船調査による多項目データや外洋域で展開されるアルゴフロート等による海洋観測データに加え、漁業活動の機会を利用した漁業者による観測の実施等により現場観測データの拡充を図ることが効果的です。そして、これらの現場観測データと高い性能を持った米国のJPSS*3シリーズや日本のGCOMシリーズなどの極軌道衛星、静止気象衛星ひまわりによる観測データを組み合わせて漁業活動に有用な情報を創出していくことが重要な課題です。特に、複雑な海況の影響を受ける沿岸域の漁業に対しては、海況予測モデルを活用した、解像度の高い海況予測情報の提供が期待されています。

  1. 全世界の海洋にアルゴフロートとよばれる約3,700個もの観測機器を漂流させ、海洋の表層と水深2千mまでの中層の水温・塩分などをリアルタイムで測定する国際観測計画。
  2. 地球楕円体面から海面までの高さ。海面下の水温や塩分濃度の分布を反映して海面の高さにずれが生じ、例えば、周囲よりも温かいと海面が高くなる。
  3. Joint Polar Satellite System:共同極軌道衛星システム

図1-2-2 衛星観測データと調査船やアルゴフロート等の現場海洋観測データの活用

<1>観測衛星,<2>調査船調査,<3>アルゴフロート,<4>水中グライダーを使用して海洋観測を行うイラスト

コラム人工衛星による海洋観測について

海洋観測に用いられる人工衛星は、衛星の軌道により地球を南北に周回する極軌道衛星(太陽同期軌道衛星)と赤道上の上空を地球の自転と同じ周期で東に周回し地球上からは静止して見える静止軌道衛星の2種類に大別されます。

代表的な極軌道衛星には、米国海洋大気庁が運用するNOAA衛星、欧州気象機関/欧州宇宙機関が運用するMetop*1衛星があり、静止軌道をとる衛星には日本のひまわりや米国のGOES*2などの静止気象衛星があります。これらの衛星には地球観測のための様々な放射計が搭載されており、海面水温は海面から放射される赤外線やマイクロ波の測定データを基に算出されます。

現在、NOAA衛星は3機、Metop衛星は2機が運用され、地表面から800~850km高度を100分程度で周回しながら、搭載されている放射計AVHRRにより軌道下の幅約2,900kmの範囲を1.1kmの解像度で観測しています。海面水温はAVHRRによる可視光から赤外までの複数の波長帯の放射強度観測データのうち、赤外の領域で大気中の水蒸気による吸収の少ない幾つかの波長帯のデータを基に算出されます。なお、これらの人工衛星は、軌道修正のための燃料を必要とし、その搭載量により設計寿命が設定されており、観測継続のため機能向上を図りながら定期的に後継衛星が打ち上げられています。AVHRRを搭載したNOAA衛星は平成21(2009)年に運用を開始したNOAA-19が最後となり、平成23(2011)年には、その後継となる放射計VIIRS*3を搭載したS-NPP*4が打ち上げられ、750mの解像度での海面水温、海色の観測が開始されました。また、平成29(2017)年には同じくVIIRSを搭載したJPSS-1(NOAA-20)が打ち上げられ、AVHRRからVIIRSへの移行が進んでいます。VIIRSには夜間光を観測するセンサーが含まれており、灯火を用いた漁船操業のモニタリングにも活用されています。

我が国においても、高い機能を持つ極軌道衛星を用いたGCOMが宇宙航空研究開発機構(JAXA)により進められています。平成24(2012)年に水循環のメカニズム解明のため打ち上げられたGCOM-W(しずく)には国産のマイクロ波放射計AMSR2*5が搭載されています。海面から放射されるマイクロ波の雲を透過する特性により、AMSR2のマイクロ波観測データから雲に覆われた海域も含めた海面水温データが得られます。平成29(2017)年に気候変動監視を目的として打ち上げられたGCOM-C(しきさい)には解像度の高い多波長放射計SGLI*6が搭載され、近紫外、可視から赤外までの19の波長帯で最高250mの解像度での観測が可能です。海面水温、海色について、250mの解像度での観測が始まっています。

静止気象衛星ひまわりは、平成27(2015)年から従来よりも大幅に機能が向上したひまわり8号の運用が開始されました。ひまわり8号は、東経140度付近の赤道上空3万5,800kmに配置され、西太平洋を中心とした東経80度から西経160度、北緯60度から南緯60度の領域(ほぼ地球の約3分の1)を観測しています。搭載されている放射計AHI*7により、可視から赤外までの16の波長帯での10分毎の観測が行われ、解像度2kmの海面水温データと解像度1kmの海色データが利用可能になっています。

人工衛星による海洋観測データの漁業への利用は、長くNOAA衛星、Metop衛星による観測データを基にした海面水温のスナップショット図や合成図を用いる形でした。近年においては、GCOM-Wのマイクロ波放射計による雲域も含めた観測データやひまわり8号の高頻度観測データなどの多様な海面水温情報に加え、海色や海面高度データの漁業への活用も進められています。

  1. Meteorological Operational Satellite Program of Europe:欧州の極軌道気象衛星
  2. Geostationary Operational Environmental Satellite:米国の静止気象衛星
  3. Visible/Infrared Imager Radiometer Suite:可視赤外撮像機放射計
  4. Suomi National Polar-orbiting Partnership:米国の極軌道衛星
  5. Advanced Microwave Scanning Radiometer2:高性能マイクロ波放射計2
  6. Second generation Global Imager:GCOM-C搭載の可視赤外放射計
  7. Advanced Himawari Imager:ひまわり8号搭載の可視赤外放射計