2 ALPS処理水の海洋放出の影響及び水産業支援
原子力災害被災地域である福島県では、令和3(2021)年4月から「本格操業への移行期間」という位置付けの下、水揚げの拡大に取り組んでいます。しかし、沿岸漁業及び沖合底びき網漁業の水揚量は、震災前と比較し依然として低水準の状況にあり、水揚量の増加とそのための流通・消費の拡大が課題となっています。
こうした中で、多核種除去設備(ALPS:Advanced Liquid Processing System)等により浄化処理した水(以下「ALPS処理水」という。)に関し、令和3(2021)年4月13日に開催された第5回廃炉・汚染・処理水対策関係閣僚等会議において、安全性を確保し、政府を挙げて風評対策を徹底することを前提に、海洋放出することとした「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針」を決定しました。
その後、風評対策が重要な課題となっていることを受け、同年8月24日の第2回ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議において、「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の処分に伴う当面の対策の取りまとめ」(以下「当面の対策の取りまとめ」という。)を、同年12月28日の第3回ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議において、当面の対策の取りまとめに盛り込まれた対策ごとに今後1年間の取組や中長期的な方向性を整理した「ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた行動計画」(以下「行動計画」という。)を決定しました。また、令和5(2023)年1月13日の第5回ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議においても行動計画を改定し、これを踏まえ、生産・加工・流通・消費の各段階における徹底した対策等に取り組みました。
具体的には、風評を生じさせないための取組として、水産物の信頼確保のため、トリチウム(三重水素)を対象とするモニタリングを強化するほか、食品中の放射性セシウムのモニタリング検査を継続的に行い、これらの調査の結果やQ&Aを日本語にくわえて英語等の他言語でWebサイトに掲載し、正確で分かりやすい情報提供を実施しました。また、一般消費者向けのなじみやすいパンフレットも作成し、消費者等への説明に活用するとともに、漁業者、加工業者、消費者等様々な関係者に対して、引き続き、説明を実施しました。
さらに、原発事故に伴う我が国の農林水産物・食品に対する輸入規制を維持している国・地域に対して、政府一体となって、あらゆる機会を活用し、科学的知見に基づき輸入規制を早期に撤廃するよう、より一層の働き掛けを実施しました。
くわえて、風評に打ち克ち、安心して事業を継続・拡大するための取組として、生産段階においては、福島県並びに青森県、岩手県、宮城県、茨城県及び千葉県(以下「近隣県」という。)の太平洋側の漁業者等が新船の導入又は既存船の活用により水揚量の回復を図る取組や、養殖業者等が収益性の高い操業・生産体制への転換等を推進し、より厳しい環境下でも養殖業を継続できる経営体の効率的かつ効果的な育成のため実施する取組や水産資源造成・回復の取組を支援するほか、福島県の漁業を高収益・環境対応型漁業へ転換させるべく、生産性向上、省力化・省コスト化に資する漁業用機器設備の導入を支援しました。
また、次世代の担い手となる新規漁業就業者の確保・育成を強化するため、漁家子弟を含めた新規漁業就業者への長期研修等や就業に必要な漁船・漁具のリース方式による導入について、福島県に加え近隣県でも実施できるよう支援しました。
さらに、不漁の影響を克服するため、複数経営体の連携による協業化や共同経営化又は多目的船の導入等、操業・生産体制の改革による水揚量の回復及び収益性の向上を図るほか、養殖業への転換の取組を福島県に加え近隣県においても推進しました。
くわえて、加工・流通・消費段階では、福島県をはじめとした被災地域の水産物を販売促進する取組や水産加工業の販路回復に必要な取組等を支援し、販売力の強化の取組を推進しました。
また、当面の対策の取りまとめに基づき、令和3(2021)年度補正予算において予算措置された基金事業では、ALPS処理水の海洋放出に伴う風評影響を最大限抑制しつつ、仮に風評影響が生じた場合にも、水産物の需要減少への対応を機動的・効率的に実施し、漁業者の方々が安心して漁業を続けていくことができるよう、水産物の販路拡大等の取組への支援を実施しました。
さらに、令和4(2022)年度補正予算において予算措置された基金事業により、売上高向上や基本コスト削減により持続可能な漁業継続を実現するため、当該漁業者が創意工夫を凝らして行う活動への支援を行う仕組みを構築しました。
令和5(2023)年8月22日の第6回廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議及び第6回ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議において行動計画を改定し、「『東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針』の実行と今後の取組について」を決定し、同月24日にALPS処理水の海洋放出を開始しました。
同年9月4日、政府は、ALPS処理水の海洋放出以降の一部の国・地域の輸入規制強化を踏まえ、1)国内消費拡大・生産持続対策、2)風評影響に対する内外での対応、3)輸出先の転換対策、4)国内加工体制の強化対策及び5)迅速かつ丁寧な賠償の5本の柱からなる「水産業を守る」政策パッケージを策定し、科学的根拠に基づかない措置の即時撤廃を求めていくとともに、全国の水産業支援に万全を期するため、前述の基金や東京電力による賠償に加え、特定国・地域への依存を分散するための緊急支援事業を創設し、早急に実行に移しました。具体的には、上述の令和3年度補正予算で措置された基金に基づき、水産物の販路拡大や一時買取・保管等を支援しました。
また、ALPS処理水海洋放出の影響のある漁業者に対し、売上高向上や基本コスト削減により持続可能な漁業継続を実現するため、当該漁業者が創意工夫を凝らして行う新たな魚種・漁場の開拓等に係る漁具等の必要経費、燃油コスト削減や魚箱等コストの削減に向けた取組、省エネルギー性能に優れた機器の導入に要する費用に対して支援を行いました。
さらに、水産関係事業者への資金繰り支援として、株式会社日本政策金融公庫の農林漁業セーフティネット資金等について、対象要件の緩和や特別相談窓口の設置等を行うとともに、漁業信用基金協会の保証付き融資について、実質無担保・無保証人化措置を講じました。
くわえて、国内加工体制を強化するため、水産加工業者等による既存の加工場のフル活用に向けた人材活用等や、加工機器の導入等を支援するとともに、輸出減少が顕著な品目の一時買取・保管や海外も含めた新規の販路開拓を支援しました。
また、令和5(2023)年11月には、補正予算において輸出拡大に必要なHACCP等対応の施設・機器整備、加工原材料の買取・一時保管、加工原材料切替等に伴う設備の導入等の支援を措置しました。
これらの対策を含め、所要の対策を政府一体となって講ずることで、関係府省が連携を密にして被災地域の漁業の本格的な復興を目指すとともに、全国の漁業者が漁業を安心して継続できる環境を整備しました。
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