(5)漁場環境をめぐる動き




ア 藻場・干潟の保全と再生
〈藻場・干潟の保全等の取組を推進〉
豊かな海洋生態系を育み、水産資源の増殖に大きな役割を果たしている藻場・干潟の衰退がみられている中、水産庁では、藻場の衰退要因を把握した上で、植食動物の駆除等のソフト対策と藻場礁の設置や干潟の造成等のハード対策の一体的な実施を推進しています。藻場礁については、民間企業により、構造や素材を工夫した海藻が着生しやすい基質等の開発も行われています。また、高水温に強い種苗を用いた藻場の造成手法等の技術開発の推進、広域的なモニタリング体制の構築、複数県にまたがる海域における国と関係地方公共団体との連携体制の構築・強化や漁業者、NPO*1、ボランティア、民間企業等の多様な主体が行う藻場・干潟等における環境・生態系の保全対策の取組を支援しています。
- Non Profit Organization:非営利団体。
イ 内湾域等における漁場環境の改善
〈赤潮等の被害対策、栄養塩類管理、適正養殖可能数量の設定等を推進〉
海藻類の成長、魚類や二枚貝等の餌となるプランクトンの増殖のためには、陸域や海底等から供給される窒素やリン等の栄養塩類が必要となります。瀬戸内海をはじめとした閉鎖性水域において、栄養塩類の減少等が海域の基礎的生産力を低下させ、養殖ノリの色落ちやイカナゴ等の魚介類の減少の要因となっている可能性が漁業者や地方公共団体の研究機関から示唆されています。その一方で、窒素やリン等の栄養塩類、水温、塩分、日照、競合するプランクトン等の要因が複合的に影響することにより赤潮が発生し、魚類養殖業等に大きな被害をもたらすことも指摘されています。
瀬戸内海においては、瀬戸内海環境保全特別措置法*1における必要に応じて栄養塩類の供給・管理を可能とする栄養塩類管理制度により、兵庫県、山口県及び香川県において栄養塩類管理計画が策定され、水質の改善と水産資源の持続可能な利用の確保の調和・両立が進められています。東京湾や伊勢湾・三河湾においても、漁業関係者や行政が連携し、栄養塩類の管理に係る研究成果の情報共有等を行っています。
また、水産庁では、関係地方公共団体及び研究機関等と連携し、海域の栄養塩類が水産資源の基礎を支えるプランクトン等の餌生物等に対して与える影響に関する調査研究、栄養塩類の供給手法の開発等を行うとともに、赤潮による漁業被害の軽減対策として、赤潮発生のモニタリング技術の開発、赤潮の発生メカニズムの解明等による発生予察手法の開発、被害軽減技術の開発に取り組んでいます。
有明海や八代海等では、底質の泥化や有機物の堆積等海域の環境が悪化し赤潮や貧酸素水塊の発生に加えて、近年は他の海域と同様に気候変動に伴う水温の上昇や豪雨等の影響が顕在化しており、二枚貝をはじめとする水産資源をめぐる海洋環境が厳しい状況にある中、有明海及び八代海等を再生するための特別措置に関する法律*2に基づき、関係県が環境の保全及び改善並びに水産資源の回復等による漁業の振興に関し実施すべき施策に関する計画を策定し、有明海及び八代海等の再生に向けた各種施策を実施しています。国は、同法に基づき、関係県等の事業を支援し、有明海及び八代海等の再生を図っているところです。
このほか、養殖漁場について、持続的養殖生産確保法*3に基づき、漁協等が養殖漁場の水質等に関する目標、適正養殖可能数量その他の漁場環境改善のための取組等をまとめた漁場改善計画を策定し、養殖漁場の改善を促進する取組を推進しています。
また、漁業法では、漁場を利用する者が広く受益する赤潮監視、漁場清掃等の保全活動を実施する場合に、都道府県が申請に基づいて漁協等を指定し、一定のルールを定めて沿岸漁場の管理業務を行わせることができる制度が設けられており、水産庁では、本制度の積極的な活用を推進しています。
- 昭和48年法律第110号
- 平成14年法律第120号
- 平成11年法律第51号
ウ 河川・湖沼における生息環境の再生
〈内水面の生息環境や生態系の保全のため、魚道の設置等の取組を推進〉
河川・湖沼は、それ自体が水産生物を育んで内水面漁業者や遊漁者の漁場となるだけでなく、自然体験活動の場等の自然と親しむ機会を国民に提供しています。また、河川は、森林や陸域から適切な量の土砂や有機物、栄養塩類を海域に安定的に流下させることにより干潟や砂浜を形成し、海域における豊かな生態系を維持する役割も担っています。
しかしながら、河川をはじめとする内水面の環境は、ダム・堰堤(えんてい)等の構造物の設置、排水や濁水等による水質の悪化、水の利用による流量の減少等の人間活動の影響を特に強く受けています。このため、内水面における生息環境の再生と保全に向けた取組を推進していく必要があります。
国は、内水面漁業の振興に関する法律*1に基づき策定した「内水面漁業の振興に関する基本的な方針*2」により、関係省庁、地方公共団体、内水面漁協等の連携の下、水質や水量の確保、森林の整備及び保全、多自然川づくり等による河川環境の保全・創出を進めています。
また、内水面に生息する水産動植物の生息環境や生態系を保全するため、堰(せき)等における魚道の設置や改良、産卵場となる砂礫底(されきてい)や植生の保全・造成、様々な水生生物の生息場となる石倉増殖礁(石を積み上げて網で囲った構造物)の設置等の取組を推進しています。
さらに、同法では、共同漁業権の免許を受けた者からの申出により、都道府県知事が内水面の水産資源の回復や漁場環境の再生等に関して必要な措置について協議を行うための協議会を設置できることになっており、令和6(2024)年12月末時点で、山形県、東京都、岐阜県、滋賀県、兵庫県及び宮崎県において協議会が設置され、良好な河川漁場保全に向けた関係者間の連携が進められています。
- 平成26年法律第103号
- 平成26(2014)年策定、令和4(2022)年改正。

エ 海洋プラスチックごみの問題
〈海洋プラスチックごみの影響への懸念の高まり〉
海に流出するプラスチックごみの増加の問題が世界的に注目を集めています。年間数百万tを超えるプラスチックごみが海洋に流出しているとの推定*1もあり、我が国の海岸にも、海外で流出したと考えられるものも含め多くのごみが漂着しています。
海に流出したプラスチックごみは、海鳥や海洋生物が誤食することによる生物被害や、投棄・遺失漁具(網やロープ等)に海洋生物が絡まって死亡するゴーストフィッシング、海岸の自然景観の劣化等、様々な形で環境や生態系に影響を与えるとともに、漁獲物へのごみの混入や漁船のスクリューへのごみの絡まりによる航行への影響等、漁業活動にも損害を与えます。また、紫外線等により次第に劣化し破砕・細分化されるなどして発生するマイクロプラスチック*2は、表面に有害な化学物質が吸着する性質があることが指摘されており、吸着又は含有する有害な化学物質が食物連鎖を通して等、海洋生物及び人体に何らかの影響を与えることが懸念されています。
我が国では、令和元(2019)年5月に、「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」が関係閣僚会議で策定されたほか、美しく豊かな自然を保護するための海岸における良好な景観及び環境並びに海洋環境の保全に係る海岸漂着物等の処理等の推進に関する法律*3に基づく「海岸漂着物対策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針」の変更及び「第四次循環型社会形成推進基本計画*4」に基づく「プラスチック資源循環戦略」の策定を行い、海洋プラスチックごみ問題に関連する政府全体の取組方針を示しました。また、令和3(2021)年6月に、海洋プラスチックごみ問題への対応を契機の一つとして、プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律*5が成立しました。
国際的には、令和4(2022)年3月に、海洋環境等におけるプラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書の策定に向けた決議が国連環境総会で採択され、同年11月より同文書の策定に向けた政府間交渉委員会(INC)が開催されているほか、令和5(2023)年5月に開催されたG7広島サミットにおいて、「2040年までに追加的なプラスチック汚染をゼロにする野心を持って、プラスチック汚染を終わらせることにコミットしている」等を内容とする「G7広島首脳コミュニケ」が発出されるなど、国内外の海洋プラスチックごみ問題への取組が加速化しています。
- Jambeck et al.(2015)による。
- 微細なプラスチックごみ(5mm以下)のこと。
- 平成21年法律第82号
- 平成30(2018)年6月閣議決定。
- 令和3年法律第60号
〈生分解性漁具の開発・改良や漁業者による海洋ごみの持ち帰りを促進〉
海洋プラスチックごみの主な発生源は陸域であると指摘されていますが、海域を発生源とする海洋プラスチックごみも一定程度あり、その一部は漁具であることも指摘されています*1。
そのような中、水産庁では、平成31(2019)年4月に、漁業分野における海洋プラスチックごみ対策やプラスチック資源循環を推進するため、1)漁具の海洋への流出防止、2)漁業者による海洋ごみの回収の促進、3)意図的な排出(不法投棄)の防止、4)情報の収集・発信等を主な内容とする「漁業におけるプラスチック資源循環問題に対する今後の取組」を公表しました。
また、水産庁では、海洋プラスチックごみ対策アクションプランを踏まえ、令和2(2020)年5月に、使用済漁具の計画的処理を推進するための「漁業系廃棄物計画的処理推進指針」を策定するとともに、海洋に流出した漁具による環境への負荷を最小限に抑制するため、生分解性プラスチック等の環境に配慮した素材を用いた漁具開発・改良等の支援や、まき網等の漁網のリサイクル推進に対する支援を行っていますが、生分解性プラスチックについては、現時点では機能やコスト面で実用可能な漁具が限られています。
さらに、操業中の漁網に入網するなどして回収される海洋ごみを漁業者が持ち帰ることは、海洋ごみの回収手段が限られる中で重要な取組と考えられるため、環境省や都道府県等と連携し、環境省の海岸漂着物等地域対策推進事業を活用し、海洋ごみの漁業者による持ち帰りを促進する(図表3-19)とともに、漁業者や漁協等が環境生態系の維持・回復を目的として地域で行う漂流漂着物等の回収・処理に対し、水産多面的機能発揮対策事業による支援を実施しています。なお、漁協関係者が中心となり、地域住民やボランティア団体、地域の学生等と連携し、自主的に海浜の清掃活動を行う取組も、全国各地で展開されています。このほか、水産庁では、業界団体・企業等による自主的な取組に係る情報発信や、マイクロプラスチックが水産動植物に与える影響についての科学的調査結果の情報発信を行っています。
- FAO「The State of World Fisheries and Aquaculture 2020」による。





図表3-19 海洋ごみ等の回収・処理について(入網ごみ持ち帰り対策)

事例漁協等による養殖用フロートの積極的な処理・リサイクルの取組
漁業で利用されるプラスチック製品のうち、養殖用の発泡スチロール製フロートは、軽く使い勝手が良い反面、大きく嵩張(かさば)ることから廃棄物処理の際、処理費や運搬費が高くなるというデメリットがありました。また、環境省の調査によると、我が国沿岸への漂着物の重量の品目別の順位では発泡スチロール製フロート・ブイは9位*となっており、沿岸の環境・景観保全に影響を及ぼしています。
このようなことから、近年、漁協等自らが、使用済みのフロートの減容化を行い、負担となっていた処理費や運搬費を軽減することで、計画的な処理やリサイクルを進める取組が始まっています。
マダイ養殖が盛んな愛媛県の愛南(あいなん)漁協では、町内養殖業者だけで年間約8千個のフロートが廃棄物となっていました。そこで漁協は、フロートの圧縮減容施設を整備し、固形燃料(RPF)を作出する取組を始めました。産廃処理業者の資格を取得した漁協職員が、RPFを県下のリサイクル事業者へ運搬することで運搬費の削減を実現しました。そのRPFを県内の民間企業の炉の燃料として利用(サーマルリサイクル)することで処理費も削減しています。
カキ養殖が盛んな広島県では、県下で、年間3万個のフロートや大量のカキパイプ等が廃棄物となっていました。広島県漁業協同組合連合会は、圧縮減容や破断を行う施設等を整備し、フロートの圧縮減容や漂着パイプの破断を行い、RPFを作出しています。またフロート等の回収運搬は産廃処理業者の資格を取得した同連合会の職員が行っています。作出されたRPFは、今後、県の種苗生産施設での利用を計画しています。
一部地域で漁網のリサイクルが始まっています。フロートやその他の漁業用資材を含め、リサイクルが今後一層拡大していくことが期待されています。
- 環境省「令和5年度漂着ごみの実態把握及び効率的な回収に関する総合検討業務」における令和4年度漂着ごみ組成調査ランキング結果(全国/人工物のみを対象/重量ベース)による。ただし、同調査の表記言語国別割合の「漁業用の浮子」の結果からは、周辺国からの漂流物も多い状況が伺える。


オ 海洋環境の保全と漁業
〈適切に設置・運用される海洋保護区等により、水産資源の増大を期待〉
漁業は、自然の生態系に依存し、その一部を採捕することにより成り立つ産業であり、漁業活動を持続的に行っていくためには、海洋環境や海洋生態系を健全に保つことが重要です。
令和4(2022)年には、生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)の下で、令和12(2030)年までに陸域と海域のそれぞれ少なくとも30%を海洋保護区(MPA:Marine Protected Area)等の保護地域及び保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(OECM:Other Effective area-based Conservation Measures)を通じて保全及び管理すること(30by30目標)を含む「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。
我が国において、MPAは「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全及び生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域」と定義されていますが、これには水産資源保護法*1上の保護水面や漁業法上の共同漁業権区域等が含まれており、漁業者の自主的な共同管理等によって、生物多様性を保全しながら、これを持続的に利用していく海域であることは、日本型海洋保護区の一つの特色になっています。また、適切に設置され運用されるMPA及びOECMは、海洋生態系の適切な管理及び保全を通じて水産資源の増大にも寄与するものと考えられます。
- 昭和26年法律第313号
お問合せ先
水産庁漁政部企画課
担当者:動向分析班
代表:03-3502-8111(内線6578)
ダイヤルイン:03-6744-2344