(2)漁業経営の動向



ア 水産物の産地価格の推移
〈不漁が続き漁獲量が減少したサンマやスルメイカは高値〉
水産物の価格は、資源の変動や気象状況等による各魚種の生産状況、国内外の需要の動向等、様々な要因の影響を複合的に受けて変動します。
特に、マイワシ、サバ類、サンマ等の多獲性魚種の価格は、漁獲量の変化に伴って大きく変化します。令和3(2021)年の主要産地における平均価格を見てみると、近年資源量の増加により漁獲量が増加したマイワシの価格が低水準となる一方で、不漁が続き漁獲量が減少しているサンマやスルメイカは高値となっています(図表2-3)。
図表2-3 主な魚種の漁獲量と主要産地における価格の推移
漁業及び養殖業の平均産地価格は、近年、上昇傾向で推移してきたものの、平成29(2017)年以降は下降傾向となり、令和2(2020)年には、前年から38円/kg低下し、312円/kgとなりました(図表2-4)。
図表2-4 漁業・養殖業の平均産地価格の推移
イ 漁船漁業の経営状況
〈沿岸漁船漁業を営む個人経営体の漁労所得は112万円〉
令和2(2020)年の沿岸漁船漁業を営む個人経営体の漁労所得は、前年から57万円減少し、112万円となりました(図表2-5)。これは、新型コロナウイルス感染症拡大の影響による価格の低下等や不漁等による漁獲量の減少により、漁労収入が減少したためです。漁労支出の内訳では、漁船・漁具費、減価償却費等が増加しました。
なお、水産加工や民宿の経営といった漁労外事業所得は、前年から3万円増加して22万円となり、漁労所得にこれを加えた事業所得は、135万円となりました。
図表2-5 沿岸漁船漁業を営む個人経営体の経営状況の推移

沿岸漁船漁業を営む個人経営体には、数億円規模の売上げがあるものから、ほとんど販売を行わず自給的に漁業に従事するものまで、様々な規模の経営体が含まれます。平成30(2018)年における沿岸漁船漁業を営む個人経営体の販売金額を見てみると、300万円未満の経営体が全体の7割近くを占めており、また、このような零細な経営体の割合は、平成25(2013)年と比べると平成30(2018)年にはやや減少していますが、平成20(2008)年と比べると増加しています(図表2-6)。また、平成30(2018)年の販売金額を年齢階層別に見てみると、65歳以上の階層では、販売金額300万円未満が7割以上を占めており、かつ、75歳以上の階層では、販売金額100万円未満が5割以上を占めています。他方、64歳以下の階層では、65歳以上の階層と比較すると300万円未満の割合は少なく、64歳以下のいずれの階層でも平均販売金額は400万円を超えています(図表2-7)。
〈漁船漁業を営む会社経営体の営業利益は958万円の赤字〉
漁船漁業を営む会社経営体では、漁労利益の赤字が続いており、令和2(2020)年度には、漁労利益の赤字幅は前年度から767万円増加して4,212万円となりました(図表2-8)。これは、漁労支出が506万円増加し、漁獲物の価格が低下したことで漁労収入が262万円減少したことによります。漁労支出の内訳を見ると、前年度から労務費が167万円、減価償却費が583万円それぞれ増加し、油費が768万円減少しています。
また、近年総じて増加傾向が続いてきた水産加工等による漁労外利益は、令和2(2020)年度には、前年度から534万円増加して3,253万円となりました。この結果、漁労利益と漁労外利益を合わせた営業利益は958万円の赤字となりました。
図表2-8 漁船漁業を営む会社経営体の経営状況の推移

〈10トン未満の漁船では船齢20年以上の船が全体の82%〉
我が国の漁業で使用される漁船については、引き続き高船齢化が進んでいます。令和2(2020)年度に大臣許可漁業の許可を受けている漁船では、船齢20年以上の船が全体の約60%、30年以上の船が全体の約30%を占めています(図表2-9)。また、令和2(2020)年度に漁船保険に加入していた10トン未満の漁船では、船齢20年以上の船が全体の約82%、30年以上の船が全体の約53%を占めています(図表2-10)。
漁船は漁業の基幹的な生産設備ですが、高船齢化が進んで設備の能力が低下すると、操業の効率を低下させ、漁業の収益性を悪化させるおそれがあります。そこで、国は、高性能漁船の導入等により収益性の高い操業体制への転換を目指すモデル的な取組に対して、漁業構造改革総合対策事業や水産業競争力強化漁船導入緊急支援事業(漁船リース事業)による支援を行っています。
〈燃油価格の急上昇により補てん金交付が続く〉
油費の漁労支出に占める割合は、直近5か年の平均で、沿岸漁船漁業を営む個人経営体で16%、漁船漁業を営む会社経営体で14%を占めており、燃油の価格動向は、漁業経営に大きな影響を与えます。過去10年ほどの間、燃油価格は、新興国における需要の拡大、中東情勢の流動化、投機資金の影響、米国におけるシェール革命、産油国の思惑、為替相場の変動等、様々な要因により大きく変動してきました(図表2-11)。
このため、国は、燃油価格が変動しやすいこと及び漁業経営に与える影響が大きいことを踏まえ、漁業者と国があらかじめ積立てを行い、燃油価格が一定の基準以上に上昇した際に積立金から補てん金を交付する漁業経営セーフティーネット構築事業により、燃油価格高騰の際の影響緩和を図ることとしています。
燃油価格は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により世界の経済活動が停滞し、原油需要が減退するとの懸念が高まったこと等から、令和2(2020)年4月に大幅に下落し、一時的に平成28(2016)年以来4年ぶりの低水準となっていましたが、令和2(2020)年12月以降は、ワクチン接種の開始により世界の経済活動が徐々に再開し、原油需要が増加するとの期待が高まったこと等から急激に上昇しました。このため、令和3(2021)年1月から12月まで4期*1連続して補てん金が交付されました。
さらに、令和4(2022)年2月からのロシアによるウクライナ侵略による影響を受け、燃油価格は高い水準で不安定な動きを見せています。このため、国は、同年3月に、激変緩和策を含む原油価格高騰に対する緊急対策を取りまとめました。このうち、漁業については、積立金に98億円の積み増しを行うとともに、漁業者の省エネ機器の導入支援について、支援対象を拡充しました。国は、引き続き燃油価格の動向を注視しつつ、状況の変化に応じ、必要な対策について検討していくこととしています。
- 漁業経営セーフティーネット構築事業では、燃油価格の補てんに関する期間を3か月で一つの期としている。
図表2-11 燃油価格の推移

ウ 養殖業の経営状況
〈海面養殖業を営む個人経営体の漁労所得は527万円〉
海面養殖業を営む個人経営体の漁労所得は変動が大きく、令和2(2020)年は、前年から36万円増加して527万円となりました(図表2-12)。これは、漁労支出が19万円増加した一方、のり類養殖業等の漁労収入が増加したことにより、漁労収入が56万円増加したためです。
図表2-12 海面養殖経営体(個人経営体)の経営状況の推移

〈養殖用配合飼料の低魚粉化、配合飼料原料の多様化を推進〉
養殖用配合飼料の価格動向は、給餌養殖業の経営を大きく左右します。近年、中国をはじめとした新興国における魚粉需要の拡大を背景に、配合飼料の主原料である魚粉の輸入価格は上昇傾向で推移してきました。これに加え、平成26(2014)年夏から平成28(2016)年春にかけて発生したエルニーニョの影響により、最大の魚粉生産国であるペルーにおいて魚粉原料となるペルーカタクチイワシ(アンチョビー)の漁獲量が大幅に減少したことから、魚粉の輸入価格は、平成27(2015)年4月のピーク時には、1t当たり約21万円と、10年前(平成17(2005)年)の年間平均価格の約2.6倍まで上昇しました(図表2-13)。その後、魚粉の輸入価格は下落傾向を示し、やや落ち着いて推移していましたが、令和3(2021)年以降は上昇傾向となっています。
国は、魚の成長とコストの兼ね合いが取れた養殖用配合飼料の低魚粉化、配合飼料原料の多様化を推進するとともに、燃油価格高騰対策と同様に、配合飼料価格が一定の基準以上に上昇した際に、漁業者と国による積立金から補てん金を交付する漁業経営セーフティーネット構築事業により、飼料価格高騰による影響の緩和を図っています。
図表2-13 配合飼料及び輸入魚粉価格の推移
エ 漁業・養殖業の生産性
〈漁業者1人当たりの生産額は991万円〉
漁業就業者数が減少する中、我が国の漁業者1人当たりの生産額及び生産漁業所得はおおむね増加傾向で推移してきましたが、平成29(2017)年以降は減少傾向となっており、令和2(2020)年は、生産額が991万円、生産漁業所得が473万円となっています。また、漁業者1人当たりの生産量は31tとなっています(図表2-14)。
図表2-14 漁業者1人当たりの生産性
オ 所得の向上を目指す「浜の活力再生プラン」
〈全国で585地区が浜の活力再生プランの取組を実施〉
多様な漁法により多様な魚介類を対象とした漁業が営まれている我が国では、漁業の振興のための課題は地域や経営体によって様々です。このため、各地域や経営体が抱える課題に適切に対応していくためには、トップダウンによる画一的な方策によるのではなく、地域の漁業者自らが地域ごとの実情に即した具体的な解決策を考えて合意形成を図っていくことが必要です。このため、国は、平成25(2013)年度より、各漁村地域の漁業所得を5年間で10%以上向上させることを目標に、地域の漁業の課題を漁業者自らが地方公共団体等と共に考え、解決の方策を取りまとめて実施する「浜の活力再生プラン」(以下「浜プラン」といいます。)を推進しています。国の承認を受けた浜プランに盛り込まれた浜の取組は、関連施策の実施の際に優先的に採択されるなど、目標の達成に向けた支援が集中して行われる仕組みとなっています。
令和3(2021)年度末時点で、全国で585地区の浜プランが、国の承認を受けて、各取組を実施しており、その内容は、地域ブランドの確立や消費者ニーズに沿った加工品の開発等により付加価値の向上を図るもの、輸出体制の強化を図るもの、観光連携を強化するもの等、各地域の強みや課題により多様です(図表2-15)。
図表2-15 浜の活力再生プランの取組内容の例

これまでの浜プランの取組状況を見てみると、令和2(2020)年度に浜プランを実施した地区のうち、45%の地区は所得目標を上回りました。所得の増減の背景は地区ごとに様々ですが、所得目標を上回った地区については、特に魚価の向上が見られた地区が多く、一方で目標達成に至らなかった地区については、特に出荷量の減少が顕著となっています。また、取組地域からの聞き取りによると、魚価向上に寄与した取組としては、鮮度・品質向上、積極的なPRやブランド化等が挙げられており、出荷量の減少した要因としては、不漁、資源の減少や荒天の増加等が多く挙げられています。
また、平成27(2015)年度からは、より広域的な競争力強化のための取組を行う「浜の活力再生広域プラン」(以下「広域浜プラン」といいます。)も推進しています。広域浜プランには、浜プランに取り組む地域を含む複数の地域が連携し、それぞれの地域が有する産地市場、加工・冷凍施設等の集約・再整備や、施設の再編に伴って空いた漁港内の水面を増養殖や蓄養向けに転換する浜の機能再編の取組、広域浜プランにおいて中核的漁業者として位置付けられた者が、競争力強化を実践するために必要な漁船をリース方式により円滑に導入する取組等が盛り込まれ、国の関連施策の対象として支援されます。令和3(2021)年度末までに、全国で150件の広域浜プランが策定され、実施されています。
今後とも、これら浜プラン・広域浜プランの枠組みに基づき、各地域の漁業者が自律的・主体的にそれぞれの課題に取り組むことにより、漁業所得の向上や漁村の活性化につながることが期待されます。

事例地域ごとの実情に即した浜の活力再生プラン
下関(しものせき)おきそこ地域水産業再生委員会
本州の西の端に位置する下関市は、かつて日本一の水揚量を記録するなど、遠洋・沖合漁業の基地として栄えた下関漁港を有しています。同漁港は全国でも少なくなった2そうびきの沖合底びき網漁船7か統(14隻)の基地となっており、下関漁港市場の取扱金額の約4割を沖合底びき網漁業が占めています。この沖合底びき網漁業について、当地域では、山口県以東機船底曳網(いとうきせんそこびきあみ)漁業協同組合と下関市、山口県で構成する地域水産業再生委員会が、平成26(2014)年度から浜の活力再生プランの取組を策定・実行しています。
本委員会では、ブランド化による魚価向上やIT技術を活用した操業効率化、資源管理の推進等、複合的な取組により漁業所得の向上を達成しました。中でも、ブランド化による魚価向上の取組は、水揚量が全国1位にもかかわらず産地としてのイメージが低かったアンコウを中心に展開した結果、地元を中心に知名度は上がり、アンコウ以外の魚種についても魚価が上がるなど、漁業者の所得向上に大きく寄与しています。また、漁獲情報のデジタル化により情報を効率良く収集することで操業効率化や漁業者の労働環境を改善する漁業操業支援アプリを産学官の連携で開発し、全ての沖合底びき網漁船に導入しており、これまでの「勘に頼る漁業」からの脱却が促されているだけではなく、漁労作業の軽減や市場関係者の労働環境の改善等の成果も上がっています。
図 IT技術を活用した情報の流れ

お問合せ先
水産庁漁政部企画課
担当者:動向分析班
代表:03-3502-8111(内線6578)
ダイヤルイン:03-6744-2344
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