(1)水産物の輸入における影響と対応
ア 世界の水産物需給及び我が国の水産物輸入の現状
〈国際的な水産物需給が逼迫する可能性が高まりやすい状況〉
世界的な人口増加や新興国の経済成長等により、世界全体で水産物需要の増加が見込まれる中、地球温暖化等の気候変動による海洋環境の変化によって、水産資源の分布域が変化しつつあること等、水産物の供給に悪影響を及ぼす可能性が高まるおそれがあります。
世界人口は、令和2(2020)年から令和12(2030)年までの間に約7億人増加することが見込まれる中*1、国際連合食糧農業機関(FAO)の「世界漁業・養殖業白書2022*2」によると、水産物の消費は2,400万t増加すると見込まれています。一方、令和元(2019)年には世界の海洋水産資源のうち過剰に漁獲されている状態の水産資源は35%と微増が続いており、国際的な水産物需給が逼迫(ひっぱく)する可能性が高まりやすい状況にあります。
〈我が国で消費される魚介類の多くは輸入〉
我が国における水産物の輸入量は、特に昭和50年代から平成初期にかけて増加し、令和3(2021)年は220万tの水産物を輸入しています(図表特-1-2)。また、魚介類の国内消費仕向量*3に注目すると、令和3(2021)年度は664万tである一方、輸入量は365万tとなっており、我が国で消費される魚介類の多くを輸入に頼っている状況です(図表特-1-3)。
- 国際連合「World Population Prospects 2022」
- FAO「The State of World Fisheries and Aquaculture 2022」
- 国内消費仕向量=国内生産量+輸入量-輸出量±在庫の増減量。
図表特-1-2 我が国の水産物輸入量・輸入額の推移
図表特-1-3 我が国の魚介類の生産・消費構造(令和3(2021)年度(概算値))

イ ロシアからの水産物輸入の現状
〈我が国の水産物の輸入は少数の特定国に依存〉
令和3(2021)年の我が国の水産物輸入額の割合を国別に見ると、中国が18%と最も高く、次いで、チリ、ロシア、米国、ノルウェーの順で続いており、上位5か国からの水産物輸入額の合計は水産物輸入総額の5割を超えています。
品目別に見ると、主要水産物のうち、サケ・マス類、エビ、カニ、タラ、イカは、特定の輸入先国への依存傾向が顕著となっており、上位3か国で6~9割を占めています(図表特-1-4)。
図表特-1-4 我が国の水産物輸入先国・地域(令和3(2021)年)
〈ロシアは輸入額で第3位の水産物輸入先国〉
令和3(2021)年の我が国の主な水産物輸入先国において、ロシアは、輸入額では第3位、輸入量では第7位となっており、カニ、サケ・マス類等の上位国となっています。ロシアからの輸入水産物を品目別で見ると、輸入額ではカニ(ズワイガニ、タラバガニ等)、その他冷凍魚卵(イクラ等)、サケ・マス類(ベニザケ等)が、輸入量ではサケ・マス類、タラの卵(タラコや明太子の原材料)、タラ(スケトウダラ、マダラ等)が上位となっています(図表特-1-4、図表特-1-5)。
なお、ウクライナからの水産物の輸入はほとんどありません。
図表特-1-5 ロシアからの主な輸入水産物(令和3(2021)年)
また、国内で消費される水産物について、国内消費仕向量を国内生産と輸入先国・地域別のシェアにより推計し、品目別に見ると、ロシアからの輸入割合が大きい水産物は、タラの卵、イクラ等、ウニ及びカニ等となっています(図表特-1-6)。
ロシアを含む特定の国への依存度が高い水産物がある中で、海外からの輸入に依存している主要水産物の安定供給を確保するためには、輸入の安定化や多角化も重要である一方、新型コロナウイルス感染症の影響の長期化や、ロシア・ウクライナ情勢を踏まえると、国内生産の増加に向けた取組がますます重要となっています。
図表特-1-6 国内で消費される水産物のうちロシアからの輸入割合が大きい水産物(令和3(2021)年)

ウ 輸入水産物に係るロシアへの制裁
〈ロシアからの輸入水産物に適用していた優遇税率を撤回〉
ウクライナ侵略を行うロシアに対する制裁措置の一環として、令和4(2022)年3月11日のG7首脳による「ロシアの最恵国の地位を否定する行動をとるよう努める」との共同声明を踏まえ、我が国では同年4月20日、ロシアから輸入する水産物等に適用していたWTO協定に基づく関税についての便益(優遇税率)を撤回する関税暫定措置法の一部を改正する法律*1が成立しました。
同法により、ロシアから輸入する水産物の関税率は、カニは4%から6%に、サケ・マス類やその他冷凍魚卵(イクラ等)は3.5%から5%に、それぞれ引き上げられました(図表特-1-7)。
- 令和4年法律第27号
図表特-1-7 ロシアからの主な輸入水産物の関税率の引上げ

他のG7各国等では、米国は、令和4(2022)年3月にロシア産水産物の輸入禁止措置を、また同年4月にロシアに対する最恵国待遇の撤回を公表しました。英国は、同年3月にロシアに対する最恵国待遇を撤回するとともに、ロシア産白身魚等の水産物の輸入に対し現行の税率に35%上乗せする追加関税措置を公表しました。また、欧州連合(EU)は同月にロシアに対する最恵国待遇を撤回した後、同年4月にロシア産甲殻類等の水産物の輸入禁止措置を公表しました。カナダは同年3月にロシアに対する最恵国待遇を撤回した後、同年5月にカニ調整品等を除くロシア産水産物の輸入禁止措置を公表しました。
エ その他の国・地域からの輸入水産物への影響
〈ノルウェー産の生鮮サーモンの輸入が大きく減少〉
サケ・マス類について、ノルウェーは、我が国にとって輸入額・輸入量共にチリに次いで第2位の輸入先国です。ノルウェー水産物審議会(すいさんぶつしんぎかい)*1によると、我が国がノルウェーから輸入しているサーモンの約9割が生鮮の状態で空輸され、その約8割がロシア領空を経由するルートを利用しています。
しかしながら、令和4(2022)年2月28日、ロシア航空当局がノルウェーを含む36か国にロシア領空の飛行禁止措置を発表したことを受け、ロシア領空に係る航空会社のルート変更や欠航が行われたことに伴い、ノルウェーから我が国への生鮮サーモンの空輸において、ロシア領空を経由するルートでの輸送を継続することが困難となりました。このため、ノルウェー産の生鮮サーモンの供給が減少し、一部の小売店や飲食店では販売を休止したほか、他国産のサケ・マス類に切り替えて販売されました。
その後、航空会社及びノルウェーの水産業界は、ロシア上空を迂回して北極圏を経由する北回りのルートや、中央・南アジアや中東を経由する南回りのルートに変更することで、我が国への供給を回復させていますが、世界的な需要の高まりや円安等による価格高騰もあり、令和4(2022)年3~12月のノルウェーからのサケ・マス類(生鮮・冷蔵)の輸入量は、前年同期間と比較して大きく減少しました。一方、ノルウェーからの輸入量と比較して少量であるものの、カナダやチリからの輸入が増加しました(図表特-1-8)。
- ノルウェー産水産物の販売促進活動を行うノルウェーの貿易産業漁業省が所有する企業。
図表特-1-8 ノルウェーからのサケ・マス類(生鮮・冷蔵)の輸入量・輸入額の推移
また、他の魚種については、ギリシャ産クロマグロの輸入が、ノルウェー産の生鮮サーモンと同様に空路の確保に支障が生じたため、一時的に停止しました。
〈輸入水産物等の価格が上昇〉
これまでも、国際的な水産物需要の高まりにより、輸入水産物の価格は上昇基調にあり、他国のバイヤーと競合する中、我が国が水産物を「買い負け」るケースが見られてきました。その上、新型コロナウイルス感染症による世界的な経済活動の停滞からの回復に加えて、ロシア・ウクライナ情勢によるサプライチェーンの混乱や急速な円安によって、様々な輸入水産物の価格が一層上昇しています(図表特-1-9)。令和4(2022)年の我が国の水産物輸入量は、前年より0.9%増の222万tであったのに対し、水産物輸入額は、前年より28.6%増の2兆711億円となりました。
また、輸入水産物の価格の上昇等の影響により、生鮮魚介類の価格も上昇しており、令和4(2022)年の生鮮魚介類の消費者物価指数は前年と比較し14%上昇しました。
図表特-1-9 価格が上昇している主な水産物の輸入単価・輸入量の推移
オ 輸入水産物の価格上昇に係る対応
〈水産加工業者における原材料調達先の多様化等の取組を支援〉
輸入水産物の価格上昇等により、水産加工業の加工原材料の確保が困難となっている状況を踏まえ、国民に対する水産物の安定供給を確保するため、令和4(2022)年4月に決定された「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」の一つとして、水産加工業者が行う原材料調達先の多様化等の取組に必要な経費等を緊急的に支援しました。また、同年12月に食料安全保障の強化に向けた構造転換対策等として、水産加工業者に対して、原材料の調達安定化に向けた国産原材料への切替えに伴う機器導入等への支援を措置しました。さらに、原材料転換に取り組む水産加工業者に安定的に国産原材料を供給するため、魚種の限定なく国産原材料の買い取り、一時保管等への支援を行いました。
事例水産加工原材料の国産転換
株式会社王子(おうじ)サーモンは、ロシア・ウクライナ情勢の影響等による輸入サケ・マス類の調達コストの増大により原材料費が2割増加するとともに、航空物流の停滞もあって調達量が減少、在庫不足が深刻化し取引先への安定供給に懸念が生じ、今後も輸入原材料の調達リスクが大きいことから、海外産のサケ・マス類から、国産に原材料転換を行うこととしました。
海外産のサケ・マス類はエラや内臓が除去された冷凍のドレスやフィレの状態で輸入されますが、国産は鮮魚の状態で買い付けることから、新たに生鮮原材料を加工するためのチルドスライサー及びガス置換真空包装機を導入し、スモーク、スライス、包装まで一貫してチルド処理出来る体制を構築するとともに、生鮮原材料の高鮮度加工による新商品開発を進め、販路の拡大を図りました。
また、水産加工品の生産の継続によって、取引先の維持はもとより、地域における雇用の継続を確保することにつながりました。
お問合せ先
水産庁漁政部企画課
担当者:動向分析班
代表:03-3502-8111(内線6578)
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