(5)漁場環境をめぐる動き







ア 藻場・干潟の保全と再生
〈藻場・干潟の保全や機能の回復によって生態系全体の生産力を底上げ〉
藻場は、繁茂した海藻や海草が水中の二酸化炭素を吸収して酸素を供給し、水産生物に産卵場、幼稚仔魚等の生息場、餌場等を提供するなど、水産資源の増殖に大きな役割を果たしています。また、河口部に多い干潟は、潮汐(ちょうせき)の作用によって、陸上からの栄養塩類や有機物と海からの様々なプランクトンが供給されることにより、高い生物生産性を有しています。藻場・干潟は、二枚貝等の底生生物や幼稚仔魚の生息場となるだけでなく、このような生物による水質の浄化機能や、陸から流入する栄養塩類濃度の急激な変動を抑える緩衝地帯としての機能も担っています。
しかしながら、このような藻場・干潟は、海水温の上昇に伴う海藻の立ち枯れや種組成の変化、海藻を食い荒らすアイゴ等の植食性魚類やウニの活発化・分布の拡大による影響、貧酸素水塊の発生、陸上からの土砂の供給量の減少等による衰退が指摘されています。
藻場・干潟の保全や機能の回復によって、生態系全体の生産力の底上げを図ることが重要であり、水産庁は、地方公共団体が実施する藻場・干潟の造成と、漁業者や地域住民等によって構成される約450の活動組織が行う藻場の保全活動(食害生物の駆除や母藻の設置等)や干潟の保全活動(耕うん等)が一体となった、広域的な対策を推進しています。
また、これらの豊かな生態系を育む機能に加えて、昨今、藻場・干潟を含む海洋生態系に貯留される炭素、いわゆるブルーカーボンが注目され、藻場・干潟は、二酸化炭素の吸収源としての機能も重要となっています。
このような中、藻場による二酸化炭素の吸収量の算定手法を開発し、令和5(2023)年に公表したところです。藻場保全の効果を適切に評価することで、環境保全への関心の高い関係者とも連携した保全活動の広がりが期待されています。
→エ (コラム)海草・海藻藻場のCO2貯留量算定ガイドブック参照
コラム「藻場・干潟ビジョン」の改訂
藻場・干潟は沿岸域の豊かな生態系を育む重要な機能を有しており、水産資源の回復を図るためには、藻場・干潟の保全・創造を推進することが重要です。水産庁は、実効性のある効率的な藻場・干潟の保全・創造対策を推進するための基本的な指針として「藻場・干潟ビジョン」を策定(平成28(2016)年1月)しています。
本ビジョンでは、的確な衰退要因の把握、ハード・ソフトが一体となった広域的対策の実施、新たな知見の積極的導入、維持管理や取組成果の発信等の視点を提示しており、この考え方に基づき、都道府県において、全国80の各海域の藻場・干潟ビジョンが策定(令和5(2023)年12月時点)され、それぞれの状況に応じた取組が進められています。
そのような中、近年、藻場・干潟の保全活動を行う漁業者等の高齢化や担い手不足により、将来にわたってその保全体制を確保していくことへの懸念が生じています。一方で、藻場・干潟は、二酸化炭素を吸収するブルーカーボン生態系*1としても注目されており、「みどりの食料システム戦略」や「漁港漁場整備長期計画」等の各施策にその役割と重要性が明記されるなど社会的な関心が高まっています。
そこで、このような状況を踏まえ、
・持続可能な保全体制の確保を図るため、漁業関係者や地域住民等に加えて、NPO*2、ボランティア、教育機関、民間企業等の多様な主体による保全活動への参画を促進すること
・ブルーカーボンへの社会的な関心の高まりを捉えて、二酸化炭素の吸収効果を適切に評価・発信し、民間企業による社会貢献の取組など様々な活動にも働きかけを行うことにより、カーボンニュートラルへの貢献を推進すること
等について本ビジョンに追加し、令和5(2023)年12月に改訂しました。
今後は、新たなビジョンの考え方を踏まえて、全国80の各海域の藻場・干潟ビジョンの改訂を行うとともに、藻場・干潟の保全・創造の取組を一層強化していくこととしています。
- ブルーカーボン生態系:光が海底まで届く浅い沿岸域において、マングローブ林、塩性湿地、藻場など、二酸化炭素を有機炭素の形で長期間貯留する機能を持つ海洋生態系。
- NPO(Non Profit Organization):非営利団体
イ 内湾域等における漁場環境の改善
〈漁場環境改善のため、赤潮等の被害対策、栄養塩類管理、適正養殖可能数量の設定等を推進〉
海藻類の成長、魚類や二枚貝等の餌となるプランクトンの増殖のためには、陸域や海底等から供給される窒素やリン等の栄養塩類が必要となります。瀬戸内海をはじめとした閉鎖性水域において、栄養塩類の減少等が海域の基礎的生産力を低下させ、養殖ノリの色落ちや魚介類の減少の要因となっている可能性が、漁業者や地方公共団体の研究機関から示唆されています。一方で、窒素、リン等の栄養塩類、水温、塩分、日照、競合するプランクトン等の要因が複合的に影響することにより赤潮が発生し、魚類養殖業等に大きな被害をもたらすことも指摘されています。
瀬戸内海においては、これらの状況に鑑み、令和4(2022)年4月に施行された瀬戸内海環境保全特別措置法の一部を改正する法律*1において、必要に応じて栄養塩類の供給・管理を可能とする栄養塩類管理制度の導入が盛り込まれ、既に兵庫県及び香川県において栄養塩類管理計画が策定されており、水質汚濁の改善と水産資源の持続可能な利用の確保の調和・両立が進められています。また、東京湾や伊勢湾・三河湾においても、漁業関係者や行政が連携し、栄養塩類の管理に係る研究成果の情報共有等を行っています。
また、水産庁は、関係地方公共団体及び研究機関等と連携し、海域の栄養塩類が水産資源の基礎を支えるプランクトン等の餌生物等に対して与える影響に関する調査研究、栄養塩類の供給手法の開発等を行うとともに、赤潮による漁業被害の軽減対策として、赤潮発生のモニタリング技術の開発、赤潮の発生メカニズムの解明等による発生予察手法の開発、被害軽減技術の開発に取り組んでいます。
有明海や八代海等では、底質の泥化や有機物の堆積等、海域の環境が悪化し、赤潮や貧酸素水塊の発生等が見られ、二枚貝をはじめとする水産資源をめぐる海洋環境が厳しい状況にある中、有明海及び八代海等を再生するための特別措置に関する法律*2に基づき、関係県は環境の保全及び改善並びに水産資源の回復等による漁業の振興に関し実施すべき施策に関する計画を策定し、有明海及び八代海等の再生に向けた各種施策を実施しています。国は、同法に基づき、関係県等の事業を支援し、有明海及び八代海等の再生を図っています。また、令和5(2023)年においては、八代海及び橘湾において、6月から9月にかけて赤潮が発生し、熊本県、長崎県及び鹿児島県においてトラフグ、シマアジ、マダイ、カンパチ、ブリ等の養殖魚に被害が発生したことから、漁場移動、環境負荷を低減した養殖手法への変更等、養殖生産構造の抜本的な改革に必要な調査・開発試験等への支援を行っています。
このほか、養殖漁場について、持続的養殖生産確保法*3に基づき、漁協等が養殖漁場の水質等に関する目標、適正養殖可能数量、その他の漁場環境改善のための取組等をまとめた漁場改善計画を策定し、養殖漁場の改善を促進する取組を推進しています。
また、改正漁業法においては、漁場を利用する者が広く受益する赤潮監視、漁場清掃等の保全活動を実施する場合に、都道府県が申請に基づいて漁協等を指定し、一定のルールを定めて沿岸漁場の管理業務を行わせることができる制度が新たに設けられたところであり、水産庁は、本制度の積極的な活用を推進しています。
- 令和3年法律第59号
- 平成14年法律第120号
- 平成11年法律第51号
ウ 河川・湖沼における生息環境の再生
〈内水面の生息環境や生態系の保全のため、魚道の設置等の取組を推進〉
河川・湖沼は、それら自体が水産生物を育んで内水面漁業者や遊漁者の漁場となるだけでなく、自然体験活動の場等の自然と親しむ機会を国民に提供しています。また、河川は、森林や陸域から適切な量の土砂や有機物、栄養塩類を海域に安定的に流下させることにより、干潟や砂浜を形成し、海域における豊かな生態系を維持する役割も担っています。しかしながら、河川をはじめとする内水面の環境は、ダム・堰堤(えんてい)等の構造物の設置、排水や濁水等による水質の悪化、水の利用による流量の減少等の人間活動の影響を特に強く受けています。このため、内水面における生息環境の再生と保全に向けた取組を推進していく必要があります。
国は、内水面漁業の振興に関する法律*1に基づいて策定した「内水面漁業の振興に関する基本的な方針*2」により、関係省庁、地方公共団体、内水面の漁協等の連携の下、水質や水量の確保、森林の整備及び保全、多自然川づくり等による河川環境の保全・創出を進めています。また、内水面の生息環境や生態系を保全するため、堰(せき)等における魚道の設置や改良、産卵場となる砂礫底(されきてい)や植生の保全・造成、様々な水生生物の生息場となる石倉増殖礁(石を積み上げて網で囲った構造物)の設置等の取組を推進しています。
さらに、同法では、共同漁業権の免許を受けた者からの申出により、都道府県知事が内水面の水産資源の回復や漁場環境の再生等に関して必要な措置について協議を行うための協議会を設置できることになっており、令和5(2023)年12月末時点で、山形県、東京都、岐阜県、滋賀県、兵庫県及び宮崎県において協議会が設置され、良好な河川漁場保全に向けた関係者間の連携が進められています。
- 平成26年法律第103号
- 平成26(2014)年策定、令和4(2022)年改正。

エ 気候変動による影響と対策
〈顕在化しつつある漁業への気候変動の影響〉
気候変動は、地球温暖化による海水温の上昇等により、水産資源や漁業・養殖業に影響を与えます。我が国近海における令和5(2023)年までのおよそ100年間にわたる海域平均海面水温(年平均)の上昇率は+1.28℃/100年で、世界全体での平均海面水温の上昇率(+0.61℃/100年)や北太平洋(+0.64℃/100年)よりも大きいものとなりました(図表3-21)。また、令和5(2023)年の我が国近海の平均海面水温は統計開始以降最も高い値となりました。さらに、数日から数年にわたり急激に海水温が上昇する現象である海洋熱波の発生頻度は過去100年間で大幅に増加しており、これら海面水温の上昇は、表層域の水産資源に影響を与えていると考えられています(図表3-22)。くわえて、長期的に親潮の南下の弱まり、本州太平洋北部海域の底水温の上昇等の変化が見られており、水産資源の現状や漁業・養殖業への影響を考える際には、これら様々なスケールの変動・変化を考慮する必要があります(図表3-23)。
気候変動に関する報告書としては、令和5(2023)年3月に開催された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第58回総会」において承認・採択されたIPCC第6次評価報告書統合報告書*1があります。この中では、人間活動が主に温室効果ガスの排出を通して地球温暖化を引き起こしてきたことには疑う余地がなく、大気、海洋、雪氷圏及び生物圏に広範かつ急速な変化が起こっているとされています。国内では、令和2(2020)年12月に環境省により作成、公表された「気候変動影響評価報告書」でも指摘されているとおり、近年、我が国近海では海水温の上昇が主要因と考えられる現象が顕在化しています。具体的には、サンマやスルメイカの分布域の変化、サケの回帰率の低下等により、これらの魚種の漁獲量が大きく減少しています(図表3-24)。他方、タチウオ、ガザミ類及びフグ類の漁獲量が全国的に減少している一方、太平洋北部では増加傾向にあり、タチウオについては、産卵親魚の来遊・幼魚の加入が仙台湾で確認されるなど再生産海域が北上する傾向にあります。
- 正式名称:気候変動に関する政府間パネル第6次評価報告書統合報告書
図表3-21 日本近海の平均海面水温の推移

図表3-22 北西太平洋で確認された海洋熱波(令和3(2021)年)

図表3-23 親潮の春季南限位置の変動
図表3-24 サンマ・スルメイカ・サケの漁獲量の推移
〈気候変動による影響を調査・研究していくことが必要〉
気候変動は、海水温だけでなく、深層に堆積した栄養塩類を一次生産が行われる表層まで送り届ける海水の鉛直混合、表層海水の塩分濃度、海流の速度や位置にも影響を与えるものと推測されています*1。このような環境の変化を把握するためには、調査船や人工衛星により継続的にモニタリングしていくことが重要です。例えば令和3(2021)年に北太平洋の西部で発生した海洋熱波の規模が昭和57(1982)年以降で最大であったことが、人工衛星によるモニタリングにより明らかとなっています。このような現象は、北太平洋の東部でも確認されており、水産資源や生態系等への影響が懸念されています。また、地域の水産資源や水産業に将来どのような影響が生じ得るかを把握するため、関係省庁や大学等が連携して、数値予測モデルを使った研究や影響評価、採り得る対策案を事前に検討する取組も進められており、今後もこれらを強化していくことが重要です。
さらに、国際的な連携の構築も重要です。我が国は、各地の地域漁業管理機関のみならず、北太平洋海洋科学機関(PICES)等の国際科学機関にも参画し、気候変動が海洋環境や海洋生物に与える影響及び海洋熱波に代表される現象について広域的な調査・研究を進めています。令和3(2021)~12(2030)年は、SDGs「14.海の豊かさを守ろう」等を達成するための「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」とされています。ますます活発化する海洋に関わる国際的な研究活動に、我が国も大きく貢献していきます。
- 温暖化により表層の水温が上昇すると、表層の海水の密度が低くなり沈みにくくなるため、深層との鉛直混合が弱まると予測されている。
〈気候変動の「緩和」策として、漁船の電化・水素化等を推進〉
気候変動に対しては、温室効果ガスの排出削減等による「緩和」と、現在生じている又は将来予測される被害を回避・軽減する「適応」の両面から対策を進めることが重要です。
このうち、「緩和」に関しては、国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(平成27(2015)年)で採択されたパリ協定において、気候変動緩和策として、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分下回るよう抑制するとともに、1.5℃に抑える努力を追求することが示されました。また、IPCC1.5℃特別報告書*1(平成30(2018)年10月公表)において、将来の平均気温上昇が1.5℃を大きく超えないように抑えるシナリオでは、2050年前後には世界の人為起源の二酸化炭素排出量が正味ゼロに達するとされており、カーボンニュートラルを達成することの必要性が示唆されています。このような知見も踏まえ、地球温暖化対策を総合的かつ計画的に推進するための政府の「地球温暖化対策計画」が令和3(2021)年10月に改定され、農林水産省も、同月に「農林水産省地球温暖化対策計画」を改定しました。例えば「農林漁業の健全な発展と調和のとれた再生可能エネルギー電気の発電の促進に関する法律*2」に基づき漁村における再生可能エネルギーの導入を促進するほか、荷さばき所等の漁港施設の機能向上を図るための再生可能エネルギーを活用した発電設備等の一体的整備を推進することとしています。また、政府が2050年カーボンニュートラルを宣言したことを踏まえ、令和2(2020)年12月に関係省庁連携の下で、温暖化への対応を成長の機会と捉える「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定されました(令和3(2021)年6月改定)。また、令和3(2021)年5月に、農林水産省は、食料・農林水産業の生産力の向上と持続性の両立をイノベーションで実現するため、「みどりの食料システム戦略」を策定しました。この戦略において、水産分野では、漁船の電化・水素化等に関する技術の確立により温室効果ガス排出削減を図るとともに、ブルーカーボンの二酸化炭素吸収源としての可能性を追求すること等を明記しており、この一環として、藻場の二酸化炭素吸収効果に関する研究等を行っています。
- 正式名称:1.5℃の地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5℃の地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC 特別報告書
- 平成25年法律第81号
コラム海草・海藻藻場のCO2貯留量算定ガイドブック
海草・海藻は海中で光合成を行い、二酸化炭素を吸収し有機炭素を形成することで成長します。さらに最近の研究でそれらの一部は分解されず、長期間にわたり海洋中に二酸化炭素を貯留することがわかってきました。海草・海藻が繁茂する藻場及び海藻養殖が二酸化炭素の吸収源として注目を集めており、農林水産省は、「みどりの食料システム戦略」で二酸化炭素の吸収源としてブルーカーボンの活用を位置付け、令和5(2023)年度以降、我が国の二酸化炭素等の温室効果ガスの排出量及び吸収量を取りまとめたデータ目録(温室効果ガスインベントリ)への登録も始まっています。
こうした状況を鑑み、国立研究開発法人水産研究・教育機構をはじめとする共同研究チーム*は、海草・海藻藻場等の二酸化炭素の貯留量の算定手法を確立し、令和5(2023)年11月に「海草・海藻藻場のCO2貯留量算定ガイドブック」として公開しました。
本ガイドブックでは、藻場の二酸化炭素貯留プロセスとして、1)枯れた海草・海藻が藻場内の海底に堆積して長期間貯留される堆積貯留、2)枯れた海草・海藻やその細分化された破片が流出し、藻場外の沿岸域に堆積して長期間貯留される難分解貯留、3)波浪等でちぎられた海草・海藻が流れ藻となり沖合に流出し、浮力を失って深海へ沈降し長期間貯留される深海貯留、4)海草・海藻が放出する難分解性の溶存態有機炭素(RDOC:Refractory Dissolved Organic Carbon)が長期間貯留されるRDOC貯留の四つから貯留量を算定します。さらに、我が国の南北に長い沿岸域には多種多様な海草・海藻が分布しているため、藻場等を海草類・海藻類・海藻養殖21タイプに分類、沿岸域を九つの海域に区分し、各藻場タイプ・海域区分別に吸収係数等を算定しました。
これらにより気候変動対策技術としてのブルーカーボンの理解が深まり、漁業関係者、NPO、地方自治体、一般企業等の関係者による活用が進むことが期待されます。
- 東京大学大気海洋研究所、広島大学、港湾空港技術研究所、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター、徳島県、新潟県水産海洋研究所、京都府農林水産技術センター
藻場の二酸化炭素貯留量の算定式
二酸化炭素貯留量(トンCO2/年)=面積(活動量)×吸収係数(トンCO2/面積/年)

〈気候変動の「適応」策として、高水温耐性を有する養殖品種の開発等を推進〉
他方、「適応」については、平成30(2018)年に、気候変動適応を法的に位置付ける気候変動適応法*1が施行されるとともに、同年11月に閣議決定された「気候変動適応計画」が令和3(2021)年10月に改定されました。また、農林水産省は農林水産分野における適応策について、災害や気候変動に強い持続的な食料システムの構築についても規定する「みどりの食料システム戦略」等を踏まえ必要な見直しを行い、同月に「農林水産省気候変動適応計画」を改定*2しました。
水産分野においては、海面漁業、海面養殖業、内水面漁業・養殖業、造成漁場及び漁港・漁村について、気候変動による影響の現状と将来予測を示し、当面10年程度において必要な取組を中心に工程表を整理しました(図表3-25)。
海面養殖業では、高水温耐性等を有する養殖品種の開発、有害赤潮プランクトンへの対策等が求められています。高水温耐性を有する養殖品種開発については、ノリについての研究開発が進んでいます。既存品種では水温が23℃以下にならないと安定的に幼芽を育成することができないため、秋季の高水温が生産開始の遅れと養殖期間の短縮による収穫量の減少の一因になると考えられています。そこで、育種により24℃以上でも2週間以上生育可能な高水温適応品種を開発するなど、新品種の育成と実用化に向けた実証実験を進めています。また、海水温上昇等の環境変化を背景として、クロダイ等による養殖ノリへの食害が問題となっており、有効な食害対策技術の開発も進めています(図表3-26)。
内水面漁業では、水温上昇がアユの遡上(そじょう)・流下や成長に及ぼす影響を分析し、適切なサイズの稚アユを適切なタイミングで放流することで、その効果を最大化する放流手法の開発を行っています。
また、海水温上昇による海洋生物の分布域・生息場の変化を的確に把握し、それに対応した水産生物のすみかや産卵場等となる漁場の整備が求められており、山口県の日本海側では、寒海性のカレイ類が減少する一方で、暖海性魚類のキジハタにとって生息しやすい海域が拡大していることを踏まえ、キジハタの成長段階に応じた漁場整備が進められています。
- 平成30年法律第50号
- 熱中症対策を強化するための令和5(2023)年5月の「熱中症対策実行計画」の策定等に伴い、同年8月に同計画を改定。



図表3-25 農林水産省気候変動適応計画の概要(水産分野の一部)

図表3-26 ノリ養殖における秋季高水温の影響評価と適応計画に基づく取組事例

〈海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する今後の方向性を取りまとめ〉
海洋環境の変化を要因としたサンマ等の不漁が深刻化する中、我が国の漁業においては、こうした変化に対応し、漁業経営の安定を図ることが課題であることから、水産庁では、令和5(2023)年3月から5月にかけて「海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会」を開催し、同年6月に今後の対応の方向性等の取りまとめを行いました。
同検討会の取りまとめでは、1)資源調査・評価の充実・高度化、2)漁法や漁獲対象魚種の複合化・転換、3)養殖業との兼業化・転換、4)魚種の変更・拡大に対応し得る加工・流通及び5)魚種・漁法の複合化等の取組を行う経営体の確保・育成とそれを支える人材・漁協について進めていくべきとされたところであり、これらを踏まえた対策を推進しています(図表3-27)。
図表3-27 海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会取りまとめ(概要)

オ 海洋におけるプラスチックごみの問題
〈海洋プラスチックごみの影響への懸念の高まり〉
海に流出するプラスチックごみの増加の問題が世界的に注目を集めています。年間数百万tを超えるプラスチックごみが海洋に流出しているとの推定*1もあり、我が国の海岸にも、海外で流出したと考えられるものも含めて多くのごみが漂着しています。
海に流出したプラスチックごみは、海鳥や海洋生物が誤食することによる生物被害や、投棄・遺失漁具(網やロープ等)に海洋生物が絡まって死亡するゴーストフィッシング、海岸の自然景観の劣化等、様々な形で環境や生態系に影響を与えるとともに、漁獲物へのごみの混入や漁船のスクリューへのごみの絡まりによる航行への影響等、漁業活動にも損害を与えます。さらに、紫外線等により次第に劣化し破砕・細分化されるなどして発生するマイクロプラスチック*2は、表面に有害な化学物質が吸着する性質があることが指摘されており、吸着又は含有する有害な化学物質が食物連鎖を通して海洋生物へ影響を与えることが懸念されています。
我が国では、令和元(2019)年5月に、「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」が関係閣僚会議で策定されたほか、海岸漂着物処理推進法*3に基づく「海岸漂着物対策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針」の変更及び「第四次循環型社会形成推進基本計画*4」に基づく「プラスチック資源循環戦略」の策定を行い、海洋プラスチックごみ問題に関連する政府全体の取組方針を示しました。また、令和3(2021)年6月に、海洋プラスチックごみ問題への対応を契機の一つとして、プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律*5が成立しました。
国際的には、令和4(2022)年3月に、海洋プラスチック汚染をはじめとするプラスチック汚染対策に関する法的拘束力のある文書の作成に向けた決議が国連環境総会で採択され、同年11月より同文書の策定に向けた政府間交渉委員会が開催されているほか、令和5(2023)年5月に開催されたG7広島サミットにおいて、「2040年までに追加的なプラスチック汚染をゼロにする野心を持って、プラスチック汚染を終わらせることにコミットしている。」等を含む「G7広島首脳コミュニケ」が発出されるなど国内外の海洋プラスチックごみ問題への取組が加速化しています。
- Jambeck et al.(2015)による。
- 微細なプラスチックごみ(5mm以下)のこと。
- 平成21年法律第82号。正式名称:美しく豊かな自然を保護するための海岸における良好な景観及び環境並びに海洋環境の保全に係る海岸漂着物等の処理等の推進に関する法律。
- 平成30(2018)年6月閣議決定
- 令和3年法律第60号。令和4(2022)年4月施行。
〈生分解性漁具の開発・改良や漁業者による海洋ごみの持ち帰りを促進〉
海洋プラスチックごみの主な発生源は陸域であると指摘されていますが、海域を発生源とする海洋プラスチックごみも一定程度あり、その一部は漁具であることも指摘されています*1。
そのような中、水産庁は、漁業の分野において海洋プラスチックごみ対策やプラスチック資源循環を推進するため、平成30(2018)年に、漁業関係団体、漁具製造業界及び学識経験者の参加を得て協議会を開催し、平成31(2019)年4月に、同協議会が取りまとめた「漁業におけるプラスチック資源循環問題に対する今後の取組」を公表しました。その主な内容は、1)漁具の海洋への流出防止、2)漁業者による海洋ごみの回収の促進、3)意図的な排出(不法投棄)の防止、4)情報の収集・発信、であり、これらの取組は前述の海洋プラスチックごみ対策アクションプラン等にも盛り込まれたものです。
また、水産庁は、1)海洋プラスチックごみ対策アクションプランを踏まえ、令和2(2020)年5月に、使用済み漁具の計画的処理を推進するための「漁業系廃棄物計画的処理推進指針」を策定し、2)海洋に流出した漁具による環境への負荷を最小限に抑制するため、生分解性プラスチック等の環境に配慮した素材を用いた漁具開発・改良等の支援や、まき網等の漁網のリサイクル推進に対する支援を行っています。くわえて、3)操業中の漁網に入網するなどして回収される海洋ごみを漁業者が持ち帰ることは、海洋ごみの回収手段が限られる中で重要な取組と考えられるため、環境省や都道府県等と連携し、環境省の海岸漂着物等地域対策推進事業を活用して、海洋ごみの漁業者による持ち帰りを促進する(図表3-28)とともに、4)漁業者や漁協等が環境生態系の維持・回復を目的として地域で行う漂流漂着物等の回収・処理に対し、水産多面的機能発揮対策事業による支援を実施しています。さらに、業界団体・企業等による自主的な取組に係る情報発信や、マイクロプラスチックが水産動植物に与える影響についての科学的調査結果の情報発信を行っています。
- FAO「The State of World Fisheries and Aquaculture 2020」による。

図表3-28 海洋ごみ等の回収・処理について(入網ごみ持ち帰り対策)

事例廃漁網の資源循環に向け漁業者と企業がタッグ
漁業から廃棄されるプラスチック製品のうち、漁網は塩分を含み、付着物が多いことや、構造が複雑であることからリサイクルが困難とされてきました。他方で、近年、環境意識の高まりやリサイクル技術の進歩を背景に、サーキュラーエコノミー(循環型の経済社会活動)の考え方が浸透し、廃漁網のリサイクルの動きが国内外で加速化しています。我が国においても、廃漁網の新たな利活用方法が次々と開発されてきています。
まき網業界では、まき網漁業者、製網メーカー、繊維メーカー等が業界の枠を超えてTEAM Re:ism(チーム・リズム)を組み、まき網漁網のリサイクルに取り組んでいます。ポリエステル素材の廃漁網から新たな漁網にリサイクル(水平リサイクル)する技術が実用化されたほか、漁業現場で使用するパレット、配膳用トレーなど価値のある新たな製品へのリサイクル(アップサイクル)も行われています。
また、北海道等では、漁業関係者が中心となった、ナイロン漁網から漁業用のカッパやカバン等へのリサイクルが実現しています。
さらに、リサイクルが困難と言われてきた複数の素材で仕立てられた漁網や付着物のついた漁網からRPF(Refuse derived paper and plastics densified Fuel)と呼ばれる固形燃料を製造し、石炭代替として熱利用する(サーマルリサイクル)技術も注目されてきています。
SDGsに象徴されるサステナビリティへの関心が益々高まっていく中で、こうした資源循環の取組を一過性のものとせず、限りある資源の価値を繋いでいく必要も高まっています。今後、漁業者、自治体、企業、地域住民等、より多くの関係者が連携し、廃漁網の効率的な収集や分別に加え、再生技術の開発、付加価値の創造及び再生製品の需要拡大等を行うことで、漁業分野での資源循環の取組が一層拡大していくことが期待されます。


カ 海洋環境の保全と漁業
〈適切に設置・運用される海洋保護区等により、水産資源の増大を期待〉
漁業は、自然の生態系に依存し、その一部を採捕することにより成り立つ産業であり、漁業活動を持続的に行っていくためには、海洋環境や海洋生態系を健全に保つことが重要です。
令和4(2022)年には、生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)の下で、令和12(2030)年までに陸域と海域のそれぞれ少なくとも30%を海洋保護区(MPA:Marine Protected Area)等の保護地域及び保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(OECM:Other Effective area-based Conservation Measures)を通じて保全及び管理すること(30by30目標)を含む「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。
我が国において、MPAは、「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全及び生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域」と定義されていますが、これには水産資源保護法*1上の保護水面や漁業法上の共同漁業権区域等が含まれており、漁業者の自主的な共同管理等によって、生物多様性を保全しながら、これを持続的に利用していく海域であることは、日本型海洋保護区の一つの特色になっています。また、適切に設置され運用されるMPA及びOECMは、海洋生態系の適切な管理及び保全を通じて、水産資源の増大にも寄与するものと考えられます。
- 昭和26年法律第313号
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