(2)食料安全保障に係る状況の把握
ア 食料供給に係るリスクの分析・評価
〈定期的なリスク分析・評価を実施〉
我が国の食料をめぐる国内外の状況は刻々と変化しています。これを踏まえ、食料の安定供給に影響を及ぼす可能性のある様々な要因(リスク)について、その現状や食料供給に与える影響等を把握するため、農林水産省では、定期的に食料供給に係るリスクの分析・評価を行っています。
例えば令和元(2019)年度は、諸外国と比較した我が国の食料安全保障政策の点検を実施し、令和2(2020)年度は、大規模自然災害や異常気象、家畜の伝染性疾病、新型コロナウイルスのような新たな感染症の三つの事態について、リスク分析・評価を実施しました。

イ 食料の安定供給に関するリスク検証(2022)
〈包括的な検証を実施〉
特に近年、新型コロナウイルス感染症の感染拡大やロシア・ウクライナ情勢といった新たなリスクの発生により、食料安全保障上の懸念は高まりつつあります。このため、農林水産省は、令和4(2022)年2月に「食料安全保障に関する省内検討チーム」を立ち上げ、将来にわたって我が国の食料安全保障を確立するために必要となる施策の検討に資するよう、改めて食料の安定供給に影響を及ぼす可能性のあるリスクを洗い出し、包括的な検証を行い、その結果を同年6月に公表しました。
〈検証方法〉
検証は、リスク管理の国際規格であるISO31000に準拠しつつ、専門家(食料安全保障アドバイザリーボード*1)の意見を参考にして、実施しました。
まず、我が国の農林水産物・食品の安定供給に共通して影響を与える可能性のある各リスクの洗い出しを行い、国内におけるリスク10種、海外におけるリスク15種の計25種のリスクを対象として選定しました。水産物については、このうちの20種のリスクを対象とするとともに、水産物特有のリスクとして、適切な資源管理の実施の遅れ、我が国周辺水域における違法操業、養殖用飼料の輸入減少/価格高騰/品質劣化を追加しました(図表特-2-5)。
対象品目は、食料・農業・農村基本計画において生産努力目標を設定している水産物を含む24品目*2を基本とした上で、食品産業4業種*3や林業(木材)等を合わせた32品目を検証対象として選定しました。このうち水産物は、魚介類と海藻類に分けて、国内生産と輸入の両面から検証を行いました。
リスク分析では、それぞれリスクの概況を定量的、定性的に分析・整理したリスクシートを作成した上で、対象品目について、各リスクの「起こりやすさ」と「影響度」を分析しました。そして、この分析の結果を基に、品目ごとに、「起こりやすさ」を5段階、「影響度」を3段階で評価し、「重要なリスク」と「注意すべきリスク」を特定しました。
- 国内外の食料需給の動向や、直近の国際情勢の変化等による影響、それらを踏まえた施策の方向性等について、有識者の知見を得ながら分析・検討する会合。
- 米、米粉用米、飼料用米、小麦、大麦・はだか麦、大豆、そば、かんしょ、ばれいしょ、なたね、野菜、果実、てん菜、さとうきび、茶、生乳及び牛乳・乳製品、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵、飼料作物、きのこ類、魚介類、海藻類。また、これらの24品目に関連して砂糖類(輸入)、飼料穀物、植物油脂・油脂原料(輸入)を追加。
- 食品製造業、食品卸売業、食品小売業、外食産業。
図表特-2-5 選定したリスクの一覧

〈全体の検証結果の概要〉
我が国の食料供給は、国産と、輸入上位4か国(米国、カナダ、豪州、ブラジル)で供給カロリーの85%*1を占めています。
輸入については、価格高騰のリスクが、輸入割合の高い主要な品目のうち、飼料穀物等で顕在化しつつあり、「重要なリスク」と評価しました。また、小麦、大豆、なたねでは、その起こりやすさは中程度ですが、その影響度が大きく、「重要なリスク」と評価しました。
国内生産については、労働力・後継者不足のリスクが、特に労働集約的な品目(果実、野菜、畜産物等)を中心にその起こりやすさが高まっているか、顕在化しており、「重要なリスク」と評価しました。また、関係人材・施設の減少リスクは多くの品目で顕在化しつつあり、「注意すべきリスク」と評価しました。
輸入依存度の高い生産資材のうち、燃油の価格高騰等のリスクについては、その起こりやすさが高まっており、燃油費の割合が高い品目(野菜、水産物等)では「重要なリスク」と評価しました。肥料の価格高騰等のリスクについては、肥料は農産物の生産に必須でその影響度は大きく、ほとんどの品目で「重要なリスク」と評価しました。
そのほか、温暖化や高温化のリスクは、ほとんどの品目で顕在化しつつあり、「注意すべきリスク」等と評価しました。家畜伝染病のリスクについては、水際対策の強化を図っているものの、口蹄疫(こうていえき)やアフリカ豚熱(ぶたねつ)が近隣諸国で継続的に発生しており、その起こりやすさが高まっていることに加え、発生した場合の影響度が大きいため、「重要なリスク」と評価しました。
- 国産37%、米国23%、カナダ11%、豪州8%、ブラジル6%。
〈魚介類のリスク分析・評価〉
魚介類のリスク分析・評価結果の概要は、次のとおりです。
<1> 重要なリスク(図表特-2-6の5c、4c、3cのリスク)
重要なリスクとしては、以下のものが挙げられます。
1)国内におけるリスク
【労働力不足】労働力不足・後継者不足は、漁業就業者数の減少や漁船の運航に必要な海技士の不足、離島地域の高齢化の進展等により、悪化が懸念される。
【温暖化】温暖化は、漁獲対象魚種の不漁や分布域の北上、赤潮の発生域の変化、栄養塩不足、サンゴの白化等、水産資源や漁場環境に大きな影響を与えている。
【違法操業】外国漁船の違法操業や国内での密漁による資源管理や操業への影響が生じている。
【養殖用飼料】養殖用飼料は、養殖業の経費に占める割合が大きく、原料である魚粉の約7割はペルー等からの輸入に依存しており、輸入魚紛及び配合飼料価格が養殖経営に与える影響は大きい。
2)海外におけるリスク
【価格高騰】輸入価格は、世界的な水産物需要の高まりにより上昇しており、買い負けが発生している。
【燃油】燃油は、漁業に必要不可欠であり、経費に占める割合も大きい。運送費や光熱費等の上昇により、水産加工・流通業にも影響する。
<2> 注意すべきリスク(図表特-2-6の5b、5a、4b、4a、3b、2cのリスク)
注意すべきリスクとしては、以下のものが挙げられます。
1)国内におけるリスク
【関係人材】地域コミュニティ機能の減少は、漁村の中核的組織である漁業協同組合(以下「漁協」といいます。)の経営基盤の弱体化等により悪化が懸念される。
【需要変化】1人当たりの消費量は、中長期的に減少している。
【サプライチェーン】サプライチェーンの障害は、コールドチェーン等水産物の流通を阻害するとともに、地震・津波等に伴う養殖施設や漁港施設、加工・流通施設等の被害による操業への影響等が考えられる。
【異常気象】異常気象(台風等)は、養殖施設のほか、漁港施設、加工・流通施設等に被害を与える。
【資源管理】適切な資源管理の取組の開始が遅くなることで、資源が回復せず、漁獲量が増加しない又は減少し、経済的損失が増大し、ひいては漁業就業者数が減少するおそれがある。
2)海外におけるリスク
【国際環境】環境への対応についての国際的な関心の高まりにより、入漁への影響のほか、海洋保護区やワシントン条約等、漁業への規制強化が懸念される。
【包装資材・その他資材】漁船・漁具等の生産資材及び包装用資材については、原料高騰により価格上昇が懸念される。
【調達先変更】輸入品目(魚種等)によっては、代替品の調達先の変更が困難な場合がある。
図表特-2-6 魚介類のリスクマップ

〈海藻類のリスク分析・評価〉
海藻類のリスク分析・評価結果の概要は、魚介類と重複するものが多いですが、次のとおりです。
<1> 重要なリスク(図表特-2-7の5c、4c、3cのリスク)
重要なリスクとしては、以下のものが挙げられます。
1)国内におけるリスク
【労働力不足】労働力不足・後継者不足は、漁業就業者数の減少、離島地域の高齢化の進展等により、悪化が懸念される。
【温暖化】温暖化は、海水温上昇による成育期間の短縮、赤潮や栄養塩不足によるノリの色落ち等、生産や漁場環境に大きな影響を与えている。
2)海外におけるリスク
【燃油】燃油は、漁業に必要不可欠であり、経費に占める割合も大きい。特に、ノリ養殖では、漁船だけでなく乾燥機に燃油が使用される。また、運送費や光熱費等の上昇により、水産加工・流通業にも影響する。
<2> 注意すべきリスク(図表特-2-7の5b、5a、4b、4a、3b、2cのリスク)
注意すべきリスクとしては、以下のものが挙げられます。
1)国内におけるリスク
【関係人材】地域コミュニティ機能の減少は、漁村の中核的組織である漁協の経営基盤の弱体化等により悪化が懸念される。
【需要変化】1人当たりの消費量は、中長期的に減少している。
【異常気象】異常気象(台風等)は、養殖施設のほか、漁港施設、加工・流通施設等に被害を与える。
2)海外におけるリスク
【価格高騰】輸入価格は、世界的な水産物需要の高まりにより、今後上昇が懸念される。
【包装資材・その他資材】漁船・漁具等の生産資材及び包装用資材については、原料高騰により価格上昇が懸念される。
【調達先変更】輸入品目によっては、代替品の調達先の変更が困難な場合がある。
図表特-2-7 海藻類のリスクマップ


〈リスクの分析・評価を踏まえた対応〉
今般のリスク分析・評価では、労働力不足による漁業者・海技士の確保の困難さ、地球温暖化等の気候変動の影響による海水温上昇や違法操業による資源管理への悪影響等、我が国水産業が現在直面する問題・課題が食料の安定供給に対するリスクになり得ることが改めて浮き彫りになりました。特に漁業経営に大きな影響を与える燃油や養殖用配合飼料の価格の高騰は、今般のロシア・ウクライナ情勢、急速な円安の進行等を要因に顕在化したリスクであり、漁業経営セーフティーネット構築事業によりリスク低減のための支援を講じたことは先述のとおりです。今後とも、これらの水産施策の課題に対処していくことが、食料の安定供給のリスクの低減につながることを意識したうえで、関連施策の適切な運用と不断の見直しを行っていくことが必要です。
お問合せ先
水産庁漁政部企画課
担当者:動向分析班
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