(5)スマート水産業の推進等に向けた技術の開発・活用



〈漁業・養殖業においてICT・AI等の様々な技術開発、導入及び普及を推進〉
漁業・養殖業生産量の減少、漁業就業者の高齢化・減少等の厳しい現状に直面している水産業を成長産業に変えていくためには、水産資源を適切に管理していくことに加え、近年技術革新が著しいICT*1・IoT*2・AI*3等の情報技術やドローン・ロボット等の技術を漁業・養殖業の現場へ導入・普及させていくことが重要です。これらの分野では、民間企業等によって様々な技術開発や取組が進められていますが、その成果を導入・普及させていくとともに、更なる高度化を目指した検討・実証を進めていくことが重要です。
沿岸漁業では、従来、経験や勘、電子的に処理されていないデータに基づき行われてきた漁場の探索にICTを活用して、水温や塩分、潮流等の漁場環境を予測し漁業者のスマートフォンに表示する取組、定置網に入網する魚種を陸上で把握し出漁を判断する取組や混獲の回避に資する技術開発の取組等が行われています。
沖合・遠洋漁業では、人工衛星が観測する海水温等のデータと漁獲データをAIで分析し、漁場形成予測を行うなどの取組が行われているほか、かつお一本釣り漁船への自動釣り機導入に向けた実証の取組等が進められています。
養殖業では、ICTを活用した自動給餌システムの導入により遠隔操作で最適な給餌量の管理を行う取組のほか、自動網掃除ロボットの導入の取組等が進められています。
水産庁では、これらスマート水産技術の現場への導入・普及を推進するため必要となる機械等の導入やそのサポート人材の育成を支援しています(図表2-28)。特に、漁業者等によるスマート水産業の取組が自律的に実施されていくためには、これを使いこなすことのできる人材の裾野を拡大していくことが重要であることから、スマート水産業に係る人材バンクを設け、生産現場のスマート化をサポートする専門家等を水産高校等に派遣し、水産新技術に関する出前授業や技術普及を行うなどの取組を行っています。このような新技術の導入が進むことで、電子的なデータを活用した効率的な漁業や、省人化・省力化による収益性の高い漁業の実現が期待されます。
- Information and Communication Technology:情報通信技術。
- Internet of Things:モノのインターネットといわれる。自動車、家電、ロボット、施設等あらゆるモノがインターネットにつながり、情報のやり取りをすることで、モノのデータ化やそれに基づく自動化等が進展し、新たな付加価値を生み出す。
- Artificial Intelligence:人工知能。
図表2-28 スマート水産業が目指す将来像

事例養殖業のスマート化に向けた人工衛星データの利用(広島県・佐賀県ほか)
近年、高水温等による養殖物のへい死が頻発するなど、海洋環境の変化に伴う影響が顕在化しており、環境把握の重要性が高まっています。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の気候変動観測衛星「しきさい」*1は、2、3日おきに地球全体を観測する衛星として世界最高級の分解能*2を有しており、内湾における海面水温、クロロフィルaや懸濁物質*3などの濃度等を精密に可視化することが可能です。同衛星の観測情報と既存の船舶、ブイ等による現場観測を組み合わせることで、養殖漁場の海面水温等の海洋環境を詳細に把握でき、データに基づく効率的な操業に資することから、JAXAではカキ養殖やノリ養殖における衛星観測情報の発信や内湾の衛星リモートセンシングの妥当性に関する研究をいくつかの水産試験場と進めています。
広島県では、カキ養殖において採苗不調や高水温によるへい死が課題となっていることから、広島県立総合技術研究所水産海洋技術センターとJAXAが連携し、広島県のウェブサイトや県内の漁業者、企業等が参画する「広島県水産プラットフォーム」*4においてカキ養殖業者向けに同衛星の海面水温などの観測情報を発信しています。これまで養殖業者は、船舶の観測に基づく海況情報や幼生調査の結果を基に、採苗地点やタイミングを決定していましたが、コストや労力の制約から船舶観測の回数が限られることから、網羅的に漁場の情報を把握することは困難でした。今般、広島県において、観測ブイをカキ養殖漁場へ設置し、リアルタイムに漁場環境を把握して養殖作業に活用するシステムの実証が進められており、今後は、同衛星の観測情報も活用することで、海面水温と餌料環境を考慮した採苗地点やタイミングの決定、へい死防止対策として漁場間の筏移動の判断などへの活用が進み、科学的根拠に基づいた効率的な操業が期待されます。
佐賀県の有明海では、赤潮や降水不足によってノリの生育に必要な栄養塩が枯渇し、ノリの生育不良や色落ちが深刻な問題となっていることから、佐賀県有明水産振興センターとJAXAが連携し、有明海佐賀県海域のノリ養殖業者を対象として、佐賀県のウェブサイトにおいて同衛星の観測情報を発信しています。養殖業者は、同情報の一つであるうちクロロフィルa濃度により、佐賀県及び周辺海域の赤潮の広がりを俯瞰し、ノリ網の張り出しや収穫タイミングを判断する材料の一つとして活用されています。
環境情報の現場活用には、情報の見える化がより重要です。養殖業のスマート化に向けた衛星による観測情報の更なる利用が期待されます。
- 衛星名はGCOM-C(Global Change Observation Mission-Climate)、衛星に搭載されたセンサはSGLI(Second generation GLobal Imager)。
- 人工衛星の性能を測る指標の一つとして、地上の物体をどれくらいの大きさまで見分けることができるかを示す能力である分解能があり、「しきさい」は分解能250mの性能を有し、1,000km以上の幅を1度に観測する人工衛星としては世界最高級である。
- 水中に浮遊するプランクトンなどの有機物と土壌などの無機物の両方を合わせた懸濁物質の濃度。
- 広島県において開発及び運用している、カキ養殖に必要な水温等の漁場環境データや採苗に必要な幼生調査データ、生産出荷情報などを集約し、養殖業者が携帯端末から利活用できるシステム。




事例操業支援に資するスマートフォンアプリの開発(宮崎県)
宮崎県水産試験場では、設置された表層型浮魚礁「うみさち」により観測された表層水温、風向、風速、流向、流速等の情報の収集・分析を行っており、平成18(2006)年よりこれらの情報を漁業者向けに同試験場のウェブサイトで公開しています。また、令和元(2019)年に宮崎県は沿岸から沖合まで広域的に観測可能な海洋レーダーを全国に先駆けて整備し、沖合約100kmまでの流向や波高の情報を同試験場のウェブサイトで公開しています。
このような中、漁業者が船上でも手軽にこれらの複数の情報を一元的に入手し、操業に役立てられるよう、宮崎県では、令和2(2020)年度にスマートフォンのアプリとして「宮崎県漁業技術支援システム」を開発・公表し、令和5(2023)年に漁業者の要望を踏まえた機能強化とアプリの操作性を向上させたリニューアル版を公表しました。
このアプリでは、浮魚礁により観測された表面水温等の情報に加え、海洋レーダーにより観測された宮崎県沖の流向及び波高がスマートフォン上で表示できます。また、県の調査船による観測情報や海底地形図の情報等、操業に必要な情報を一元的に入手可能となっています。これらの情報は、漁業者の操業の可否の判断、適切な航路の選択、漁場の探索等を支援するものとなっています。
さらに、自船の航路の記録のほか、漁業者は投網や揚網、漁獲実績等を記録することができ、蓄積された情報によって経験や勘の可視化が図られ、操業の効率化に資するものとなっています。くわえて、これらの情報は、他の漁業者等と共有することが可能なシステムとなっており、この機能により、僚船と共に行う漁場探索の効率化に資するほか、後継者等への技術の承継に資するものとなっています。


事例漁場整備へのICT導入(石川県)
石川県沿岸のうち能登・内浦(うちうら)地区は、北側の日本海に面した外浦(そとうら)海域と東側の富山湾に面した急深地形の内浦海域及び内湾の七尾湾から成り立っており、周年穏やかな内浦海域の特徴を活かした定置網漁業等の沿岸漁業が営まれています。
しかし、近年の海水温上昇などの海洋環境の変化による藻場の減少に伴い、アワビなどの漁獲量は減少しており、くわえて燃油の高騰などに伴い、漁業コストの削減が喫緊の課題となっています。
このため、藻場の減少が見られる内湾を主体に沿岸域に藻場礁を、沖合域に成魚の生息場となる魚礁を整備し、アワビなどの磯根資源やマダイ等の回遊魚の資源を増大させるとともに、自動海洋観測ブイを整備して海域環境情報をリアルタイムに公開することで、漁業者の漁場選定や出漁判断を支援し、漁業コストの削減を図るものとなっています。
また、水温と漁獲量の相関関係に基づき、自動海洋観測ブイにより得られた本地区の海洋環境情報から漁獲量の見通しを立て、これを公開することで漁業者の操業を支援するとともに、適切な水産資源の管理や資源評価に資するものとして、効率的な増殖推進を図るものとなっています。


〈水産資源の評価、水産加工・流通等におけるスマート水産業の推進〉
水産資源の評価・管理の分野では、生産現場から直接水揚げ情報を収集し、より多くの魚種の資源状態を迅速かつ正確に把握していくため、漁協や産地市場の販売管理システムの改修等の電子的情報収集体制を構築しています。これらにより、資源評価に必要な各種データを収集し、より精度の高い資源評価を行い、資源状態の悪い魚種については適切な管理の実施につなげていくことを目指しています。
また、漁場情報を収集・発信するための海域環境観測施設の設置や漁港・産地市場における情報通信施設の整備等を推進し、漁海況予測情報が容易に得られる環境の実現や資源管理の実効性の向上、荷さばき作業の効率化等につなげていくこととしています。
水産物の加工・流通の分野では、先端技術を活用した加工やICT・IoTを活用した情報流・物流の高度化も進んでいます。例えば画像センシング技術を活用し、様々な魚種を高速で選別する技術の開発や、生産から販売までのデジタル化による消費者への商品情報の提供等の取組が行われています。今後は、このような技術も活用して、生産と加工・流通が連携して水産バリューチェーンの生産性・収益性を改善する取組や輸出拡大の取組を推進していきます。
〈デジタル水産業戦略拠点の整備によるデジタル化の推進〉
水産庁では、資源管理の推進、漁業の生産性の向上、漁村の活性化を図るため、資源管理、生産、加工、流通、消費の各段階で実施されてきたデジタル化の取組を面的に地域一体で取り組む「デジタル水産業戦略拠点」を創出し、その横展開を図ることにより水産分野におけるデジタル化を推進しています。令和5(2023)年度末までに3地域が選定され、令和6(2024)年度においては、新たに2地域(静岡県焼津地域及び鹿児島県地域)が選定されました。
また、水産分野のデジタル化に当たっては、漁業者等とデジタル等の専門家とのマッチングが重要です。このため、水産庁では、水産分野におけるデジタル化等に取り組む事業者に関する情報を収集し、マッチングに資する情報を公表しています。
事例デジタル水産業戦略拠点のモデル地区(鹿児島県)
鹿児島県では、「スマート水産業の推進」を掲げ、行政等の業務のデジタル化やICT利用により、省人化・省力化等による生産性の向上、コスト削減等を図るため、大学や民間企業とともに技術開発や現場実装、普及に取り組んでいるところです。こうした中、産官学の関係者を構成員とする鹿児島県漁獲情報デジタル化推進協議会が事務局となり、漁船漁業のスマート化、市場業務のデジタル化、稚うなぎトレーサビリティ、赤潮被害対策ネットワークの主に四つの分野のデジタル化を進め、事務局が各取組の議論に入り、ジェネラリストとして助言等を行うことで、共通の課題への対応や水産業に係る技術の橋渡しとなる体制の構築を目指しています。
まず、漁船漁業のスマート化については、鹿児島県水産技術開発センターと鹿児島大学水産学部・大学院理工学研究科との共同研究により、海況予測及び漁場予測技術の開発に取り組んでおり、この技術の活用により、水温等の海況情報や天候や市況情報に加え、これまでの経験を基に出漁判断してきた漁業者にとっては、より効率的な出漁判断や漁場決定を行うことが可能となり、燃油消費量や労働時間の削減による操業の効率化が期待されています。
市場業務のデジタル化については、導入が容易な「安価」かつ「扱いやすい」システムづくりをコンセプトに鹿児島大学水産学部、鹿児島県及び民間企業により、実証試験や自動計量器のプロトタイプ製作、電子入札システムの開発に取り組み、今後の同システムの普及を通じて、アナログ作業を担っていた市場職員の負担軽減、迅速な入札、いち早いエンドユーザーへの情報提供が可能となり、販路・消費拡大及び魚価の向上が見込まれています。
うなぎの稚魚の採捕、流通に関して、令和7(2025)年12月からの特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律*の適用を見据えるとともに、膨大な事務作業を伴う稚うなぎ漁業の許可手続の簡素化を目的に、許可から採捕報告、流通における漁獲番号伝達をデジタル化し、採捕から池入れまで一貫したトレーサビリティシステムの構築を図ることにより、採捕者の利便性向上や報告負担の軽減、行政担当者業務の省力化を目指しています。
赤潮被害対策ネットワークでは、これまで鹿児島県水産技術開発センターや漁協等が赤潮プランクトンのモニタリング情報をホームページやSNS等を通じ情報配信してきましたが、各者の情報がリアルタイムでまとめられたものがなく、情報発信の迅速化や省力化が課題となっていたことから、情報を一括してリアルタイムで配信できる情報共有のプラットフォーム作りに取り組んでいます。
これら漁獲から消費に至るまで各分野間のデジタル化の取組を、鹿児島県漁獲情報デジタル化推進協議会が主体となって連携させることで、相互の情報共有や各取組の更なる発展、新たなデジタル化の取組の創出が期待でき、デジタル化社会に対応した資源管理の推進や安心安全な水産物の供給、水産業のスマート化を図ることにより、消費拡大や新規就業者の増加、水産業の魅力拡大、更には海業の推進に繋げていくことを目指しています。
- 令和2年法律第79号




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