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第2節 海洋環境の変化による水産資源及び水産業への影響

前節で見たように、我が国周辺海域において様々な海洋環境の変化が見られており、これらの変化は、我々の生活だけでなく、水産業を含む産業や生態系に大きな影響を及ぼします。

水産業においては、近年、我が国近海で海水温の上昇が主な要因と考えられる現象が顕在化しており、具体的には、サンマやスルメイカの分布域の変化、サケの回帰率の低下等により、これらの魚種の漁獲量が大きく減少しています。他方、ブリの漁獲量の増加、サワラ、タチウオ、フグ類等の分布域の変化がみられており、これらの変化は漁業や水産加工業、水産流通業にも大きな影響を及ぼしています。

また、藻場の減少等の影響も生じており、海洋生態系の変化は漁業にも影響を及ぼしています。

(1)我が国周辺海域における水産資源及び漁業・養殖業への影響

〈魚介類等の分布の長期的な変化〉

近年、魚介類等の分布域が変化したと言われている中、長期的に見て漁場はどのように変化してきたのでしょうか。その研究の一つとして、国立研究開発法人水産研究・教育機構(以下「水産研究・教育機構」といいます。)では、明治から令和までの日本の沿岸資源の漁獲変動を可視化する研究が行われました。同研究は、近年の魚介類等の分布域の変化が、19世紀末から長期的に繰り返される変動なのか探るため、明治27(1894)年から令和3(2021)年までの128年分の漁獲統計を用いて、主要な魚介類や海藻類を対象に都道府県ごとの漁獲量を踏まえ地図化をするとともに、グラフにより長期の変化を示したものです(図表特-2-1)*1。同研究では、対象の魚介類の分布は、明治時代以降一つの地点にはとどまらず、西日本(南西)から北日本(北東)に広く点在し、周期的な変化をしていたこと、近年は漁獲量重心が北東の端に位置する種も多く、長期的にも北日本での漁獲量が増えていることがわかりました。

  1. 漁獲量重心(年別、魚種別、都道府県別に漁獲された量を都道府県庁所在地に載せたとして、水平につり合いがとれる点(日本列島をシーソーに例えバランスがとれる点))を計算して図示。漁獲量重心が動くと、その魚種の獲れている漁場が変化していることを示す。

図表特-2-1 明治~令和まで日本の沿岸資源の漁獲変動を可視化!

左図:漁獲量重心(本文脚注*1参照)の位置(点及び×により図示)の変化。漁獲量重心は、都道府県別に漁獲された量を都道府県庁所在地に載せる仮定により図示していることから、陸域に図示されることもある。

右下図:漁獲量重心の緯度方向(赤点)と経度方向(青点)の毎年の変化。緯度方向(右下図上)は、下方が南方への、上方が北方への変化を、経度方向(右下図下)は、下方が西方への、上方が東方への変化を示す。

図表特-2-1 明治~令和まで日本の沿岸資源の漁獲変動を可視化!

〈サンマ、スルメイカ及びサケの漁獲量が近年大きく減少〉

海水温の上昇や海流の変化は、適温域を分布・回遊する回遊性魚介類の分布や資源量に影響を与えており、これらの種を漁獲する漁業における水揚量の減少、漁場の沖合化による燃油等の費用の増加や出漁の見合わせ等が漁業経営に大きな影響を及ぼしています。特に、我が国水産業や消費者にとって重要な魚種であるサンマ、スルメイカ及びサケの漁獲量が近年大きく減少しており、これらの水揚げに多くを依存する漁業への影響が大きくなっています(図表特-2-2)。

図表特-2-2 サンマ・スルメイカ・サケの漁獲量の推移

図表特-2-2 サンマ・スルメイカ・サケの漁獲量の推移

サンマについては、親潮の南下の弱まりとこれに伴う釧路沖・三陸沖の海水温の上昇を起因とする分布や回遊の変化によって漁場が更に沖合に移動したため、沖合での操業が困難な小型の漁船を中心に出漁が難しくなっています。また、沖合域の海洋環境では、餌となる動物性プランクトンの密度が低いことから成長の悪化や死亡率が増加していることに加え、マイワシ等の競合種の増加、餌の減少等が要因となり、資源量が減少した可能性が指摘されています(図表特-2-3)。これらの海洋環境の変化に伴う漁場の沖合化と資源量の減少等により、近年の我が国におけるサンマの漁獲量は大きく減少しました。

図表特-2-3 サンマの回遊経路と漁場形成、餌生物の減少

図表特-2-3 サンマの回遊経路と漁場形成、餌生物の減少
図表特-2-3 サンマ資源量調査時の餌(亜寒帯性カイアシ類)の分布状況

スルメイカは1980年代後半に冬季の海水温の上昇によって産卵場が拡大し、資源量が増加したとされています。しかし、1990年代後半の夏季から秋季の海水温上昇を受け、日本海では漁場が沖合化し、沿岸域で操業する漁業による漁獲量の減少が報告されるようになりました。

さらに、平成28(2016)年以降は資源量が減少し、その後のスルメイカの漁獲量が大きく減少する要因となっています。近年は資源量の減少と合わせて海水温の更なる上昇による産卵期の遅れや魚体の小型化も指摘されており、これらの変化も含めた近年のスルメイカの資源減少要因の解明が進められています(図表特-2-4)。

図表特-2-4 スルメイカの資源量・漁獲量の推移

図表特-2-4 スルメイカの資源量・漁獲量の推移

サケ(シロサケ)は、親魚を漁獲し、人工的に採卵、受精、ふ化させて稚魚を河川に放流するふ化放流の取組によりその資源が造成されていますが、近年、放流した稚魚の回帰率の低下により漁獲量が大きく減少しています(図表特-2-5)。回帰率の低下の要因として、親潮の南下の弱まりにより、稚魚に適した海水温の期間の短縮、稚魚のオホーツク海への回遊阻害、餌環境の悪化等による稚魚の生残率の悪化が推察されています。また、シロサケの回遊海域であるベーリング海においてカラフトマスが増加したことによる餌の競合が一因とも示唆されています。

漁業者にとっては、サケの不漁による水揚量の減少等に加え、水揚金額の一部を原資として拠出される負担金によるふ化放流事業の安定的な実施が課題となっています。

図表特-2-5 サケの回帰率の低下

図表特-2-5 サケの回帰率の低下

〈海水温の上昇等による沿岸の定着性動物への影響〉

アサリについては、海水温や干潟の地温が資源に影響を及ぼすことが示唆されており、瀬戸内海の周防灘では冬季の海水温上昇が資源量の減少に関係している可能性があるとの報告が、大分県の中津干潟では夏季の異常な高温が大量死に関係しているとの報告が、それぞれされています。

また、北海道及び岩手県沿岸におけるエゾアワビについては、冬季から春季の海水温が低下すると稚貝の死亡率が増加する一方、海水温が上昇すると磯焼け*1が進行し、親貝の成長や成熟に悪影響を及ぼすことが報告されています。

  1. 浅海の岩礁・転石域において、海藻の群落(藻場)が季節的消長や多少の経年変化の範囲を超えて著しく衰退または消失して貧植生状態となる現象。

〈我が国近海の海水温の変化による分布域の変化〉

我が国近海では、海水温の上昇により、高水温を好む魚種が生息・回遊する海域が北方へ拡大する一方で、低水温を好む魚種は我が国周辺の海域まで南下しなくなるなどの現象がみられています。

ブリについては、1990年代以降漁獲量が増加し、平成26(2014)年には過去最高の約13万tに達した後、近年は9万t程度で推移しています。漁獲された海域別に見ると、近年は北海道や太平洋北部・中部での漁獲量が増加しています(図表特-2-6)。ブリの漁獲量の増加は海水温の上昇が一因として考えられており、北海道等での漁獲量の増加等にみられる分布域の変化も、海洋熱波により海水温が上昇したことが影響しているとの報告があります。

図表特-2-6 海域別のブリの漁獲量の推移

図表特-2-6 海域別のブリの漁獲量の推移

サバについては、平成25(2013)年から漁獲量が増加傾向を示していたものの、令和3(2021)年から減少傾向となっています。この要因として、親潮の南下の弱まりによる回遊経路の沖合化、黒潮続流が沿岸に寄り高水温化したことによる来遊時期の遅れ、漁期の短期化や産卵親魚の南下回遊が妨げられた可能性が考えられています。

サワラ(日本海・東シナ海系群)については、平成11(1999)年以降日本海における漁獲が増加しており、これは日本海の海水温上昇と深い関係があると考えられています。

タチウオ及びガザミ類については、漁獲量が全国的に減少している一方、仙台湾を中心に太平洋北区では増加傾向で推移しています。タチウオについては、産卵親魚の来遊、幼魚の加入が仙台湾で確認されるなど再生産海域が北方へ拡大する傾向にあります。

フグ類についても、その分布域が北に拡大しています。太平洋沿岸では、太平洋側でほとんど漁獲されなかったゴマフグと主に太平洋側で漁獲されるショウサイフグの自然交雑種が出現していることから、海水温の上昇による分布域の変化が要因となっている可能性も示唆されています(図表特-2-7)。

図表特-2-7 タチウオ及びフグ類の漁獲量の推移

図表特-2-7 タチウオ及びフグ類の漁獲量の推移

〈海面養殖業への影響〉

海水温の上昇等の海洋環境の変化は、特定の漁場で営まれる養殖業にも大きな影響を及ぼしています。

ノリ養殖においては、既存品種では海水温が23℃以下にならないと安定的に幼芽を育成することができないため、秋季の高水温が生産開始の遅れと養殖期間の短縮や生育不良による収穫量の減少の一因と考えられています。また、アイゴ、クロダイ等の植食性魚類等の分布の拡大とともに、秋季の海水温の降下の遅れによる摂食活動の活発化により食害が増加しています(図表特-2-8)。

図表特-2-8 ノリ養殖における秋季高水温の影響等

図表特-2-8 ノリ養殖における秋季高水温の影響等

ホタテガイは水温26℃を超える環境に適応できないことから、ホタテガイ養殖において、平成22(2010)年に陸奥湾において異常な高水温が要因とみられる大量へい死が発生しました。これを契機として、例えば、高水温時に養殖施設を下層へ沈めることなどの適応策を行うこととし、同程度の高水温による被害を軽減させてきましたが、令和5(2023)年には陸奥湾において想定を超える高水温となり、これが要因とみられる大量へい死が発生しました。

カキ養殖においては、近年、高水温かつ少雨傾向の年におけるへい死の発生が報告されています。

〈内水面漁業への影響〉

内水面漁業においては、一部の河川において、冬季の海水温の上昇により海域から河川へのアユの遡上数が減少する傾向にあることや、秋季の海水温の上昇によりアユの仔稚魚しちぎょのふ化ピークが遅くなる可能性が指摘されています。また、一部の湖沼では高温によるワカサギのへい死が報告されているほか、琵琶湖におけるホンモロコやニゴロブナの資源量の減少は、同湖における湖水循環の遅れが一因とする報告もあります。

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