第3節 海洋環境の変化に対応するための取組
これまで見てきたように、気候変動の影響等による海洋環境の大きな変化は我が国水産業に大きな影響を及ぼしています。こうした中、各地ではこのような変化に対応するため、漁業・養殖業の生産者や、加工・流通業者、漁村地域の関係者等による様々な取組が行われています。
(1)漁業・養殖業における取組
〈漁船漁業における取組〉
漁獲対象魚種や操業期間が限られる専門性が高い漁業については、対象魚種の不漁による水揚量の大幅な減少、漁場の沖合化による燃油費の増加等が漁業経営に大きな影響を及ぼしています。また、季節に応じ複数の漁法や対象魚種を組み合わせて操業する沿岸漁業の経営体においても、主要魚種の不漁による収入の減少が課題となっています。
このような中、各地でより利用可能な資源への転換、新たな漁法の導入による従来の漁法との複合化等、海洋環境の変化の対応に向けた取組が行われています。
事例さんま漁船によるマイワシの試験操業の取組(北海道・岩手県・宮城県)
海洋環境の変化による漁場の沖合化等によりサンマの漁獲量が減少する中、公海等の遠方の漁場での操業が困難な小型さんま漁船(棒受網を使用してサンマを獲るおおむね総トン数20トン未満の漁船)等により、棒受網で近年漁獲量が増加しているマイワシを漁獲する試験的な操業が行われています。
北海道では、平成27(2015)年に小型さんま漁船によるマイワシ試験操業が開始され、道東の太平洋海域で操業が行われています。その後、ロシア200海里水域内において操業が禁止されたさけ・ます流し網漁業を行っていた漁船や総トン数29トン程度のさんま漁船などが同海域で棒受網操業に着手するなど、対象漁船を拡大しながら継続してきており、令和6(2024)年漁期は最大で62件の試験操業が許可されています。
岩手県では、令和元(2019)年に小型さんま漁船及びすくい網漁船によるマイワシ試験操業が開始され、令和6(2024)年漁期は、31隻が試験操業に参加しています。
宮城県では、令和2(2020)年に小型さんま漁船によるマイワシ試験操業が開始され、令和6(2024)年漁期は、12隻が試験操業に参加しています。
不漁が続くサンマの漁期に代替的にマイワシの操業が可能となることや、サンマの漁期以外の期間における操業が可能となることにより、特にサンマを主として漁獲する漁船の操業や乗組員の就労の機会が確保され、マイワシの水揚げはこれらの漁業者の経営安定化に寄与しています。一方、従来からマイワシを対象とした操業を行う漁業者がいるため、資源や漁場の利用に関し、漁業者間で円滑な調整を図ることが求められます。
事例いか釣り漁船によるスルメイカ不漁に伴うアカイカ操業の実施(青森県ほか)
かつて一部のいか釣り漁船(総トン数30トン以上の漁船。大臣許可漁業)等は、主に太平洋中央部(東経170度から西経160度の海域)においてアカイカを漁獲していましたが、平成22(2010)年頃から多くのいか釣り漁船がスルメイカを対象とした操業に転換したことにより、漁獲量は4千tを下回りました。
その後、平成28(2016)年以降、スルメイカの資源量の減少とともに、漁獲量が大きく減少したことから、いか釣り漁船は安定した漁獲量が見込まれるアカイカ操業を再開する動きが見られ、令和2(2020)年の水揚量は約8千tに増加しました*。
従来、アカイカはフライ等の惣菜や珍味等の加工原材料として利用されてきましたが、スルメイカ等の漁獲量の減少等に伴い、寿司等の生食向けにも用途が拡大し、価格は900円/kgを超えるなど上昇しています。スルメイカの漁獲量の回復が見られない一方、アカイカの漁獲量の増加と価格の上昇により、アカイカ操業を行ういか釣り漁業者の収入はアカイカによるものが多くを占めています。
アカイカ操業を行ういか釣り漁船は、5~9月に太平洋中央部でアカイカ操業を行い、9月から翌年1~2月頃まで日本海等でスルメイカ操業を行っています。アカイカ操業は、漁場が遠方のため燃油等の費用が増加しており、特に総トン数200トンを下回る漁船にとっては、燃油搭載量等の問題により漁期中に一度帰港し、再度漁場に戻る必要があることや、加工せずに船内で凍結できるスルメイカと異なり、アカイカは船上で加工が必要であることから、操業の効率化や乗組員の作業負担、居住環境の改善が課題となっています。
また、アカイカの漁場は広大な海域である一方、漁場の情報交換を行う漁船数が減少しており、漁場探索が困難となっています。これに対し、水産研究・教育機構開発調査センターは、ブイを用いたアカイカの好漁場の探索の技術開発を実証しています。
- いか釣り漁業の許可(総トン数30トン以上の漁船。大臣許可漁業)では太平洋公海域で操業が可能であることから、アカイカ操業の再開により新たな許可は要しない。




事例サケ定置漁業者によるサーモン養殖への取組(岩手県)
本州へのサケの来遊の急減により、サケを目的とした定置網の漁獲量が大幅に減少している中、岩手県では、定置漁業の収入を補うため、安定した生産が見込まれるサケ・マス類の養殖の取組が県内各地で進められています。久慈(くじ)市ではギンザケ、宮古(みやこ)市ではトラウト、大槌町(おおつちちょう)ではギンザケ・トラウト、釜石(かまいし)市ではギンザケ・サクラマス、山田町(やまだまち)ではトラウト、陸前高田(りくぜんたかた)市ではギンザケ*を養殖しています。取組が拡大する中、令和5(2023)年度の漁業権の切替えにおいて、サケ・マス類の養殖を目的とする漁業権は4地区から8地区に拡大しました。
こうした取組は、県の水産行政や水産試験場による支援のほか、ノウハウを有する民間企業、大学等と連携して行われています。定置漁業に養殖を組み合わせる取組は、サケの不漁のリスクを軽減し定置漁業の経営の安定化に資するとともに、定置網の漁労作業を行いつつ養殖作業も行うことで地域においては従業員の雇用の安定化につながっています。
また、全国的にサケ・マス類の養殖が展開されている中、各地ではブランド化による付加価値向上の取組を行うとともに、イベント等により地域の観光や雇用への波及効果も期待されています。
- 陸前高田市のギンザケの養殖は試験養殖。


事例日本海大和堆周辺水域における低利用資源(ドスイカ類)の利用促進(兵庫県ほか)
海洋環境の変化に対する順応性を高めていくためには資源の有効利用を行っていくことが必要です。
こうした中、令和6(2024)年6~7月にかけて水産研究・教育機構開発調査センターは兵庫県の沖合底びき網漁船を用船し、日本海大和堆周辺水域において低利用資源であるドスイカ類の利用促進のための調査を実施しました。
調査においては、2隻の漁船が25日間操業して約53tのドスイカ類を漁獲し、凍結品の平均単価は約341円/kgとなりました。この単価は漁業者の期待を上回るものとなりました。
また、仲買人への聞き取りによれば、ドスイカ類はイカリングやイカゲソ等の加工食材として十分に利用可能であるとの評価を得ました。
このような取組により、沖合底びき網漁船の夏季の日本海大和堆周辺水域における漁獲対象種の多様化と漁業経営の安定化や、近年のスルメイカの漁獲量の減少により不足するイカ類加工原料の安定供給に寄与することが期待されます。




〈養殖業における取組〉
養殖業においては、特にノリ養殖において、海水温の上昇による生産開始の遅れ等による収穫量の減少やクロダイ等の植食性魚類の摂食活動の活発化に対し、高水温耐性、高成長品種の導入や、食害対策としてノリ網を防護ネットで囲うことで被害を軽減する取組が行われています。
事例環境変化に対応したクロノリ養殖の生産量回復等に向けた取組(三重県)
三重県桑名(くわな)市の伊曽島(いそじま)地区は、三重県のクロノリ養殖発祥の地と言われ県内のクロノリの主要な産地となっています。近年、秋季の高水温によりクロノリの生産開始が遅れ、養殖期間が短縮する中、平成30(2018)年には例年にない高水温、高潮位等により、生産量が対前年比の約5分の1に減少しました。また、クロダイ等による食害の増加が問題となっています。
こうした海洋環境の変化に対応するため、同地区の養殖業者は、高生長性を有する品種の導入、植食性魚類による食害対策、高潮位対策に取り組んでいます。品種の導入については、短期化した養殖期間で生産量を増やすため高生長品種「K1」を導入しました。また、同地区の伊曽島漁業協同組合はノリの種苗生産施設を有しており、同施設で生産された高生長品種は県内の他の地区にも提供されています。食害対策について、養殖業者はノリの種を付着させた網を囲う防護ネットを設置し、三重県水産研究所とともにその効果を確認しました。高潮位対策については、IoT*海洋観測モニタリングシステムの導入により、潮位の変化等を速やかに把握し網の高さの調節等に役立てています。これらの取組により、令和元(2019)年以降の生産量の回復がみられています。
また、養殖期間の短縮化等により養殖業者の経営環境が悪化している中、アサクサノリの養殖の復活及び黒バラノリの生産による所得の向上にも努めています。アサクサノリは食味に優れておりかつてノリ養殖の中心的な種であったものの、海況の変化に弱いことから全国的にもほとんど養殖されなくなったものを、同地区の有志の養殖業者が復活させ、ブランド化の取組を行ってきました。また、黒バラノリは、板ノリに比べ単価が高く経費率が低いことから、伊曽島漁業協同組合が黒バラノリの共同加工施設を整備し、増産に取り組んでいます。これらの取組により、1経営体当たりの収入が増加するなどの効果が現れています。
- Internet of Things:モノのインターネットといわれる。自動車、家電、ロボット、施設等あらゆるモノがインターネットにつながり、情報のやり取りをすることで、モノのデータ化やそれに基づく自動化等が進展し、新たな付加価値を生み出す。


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