第1節 養殖技術立国の確立
養殖業はこれまでの水産白書においても継続的に取り上げられてきた分野であり、水産物供給の重要な柱としてその動向を紹介してきました。例えば、令和2年度水産白書の特集「マーケットインの発想で水産業の成長産業化を目指す」では、養殖業におけるマーケットインの取組の方向性を示し、令和5年度水産白書の特集「海業による漁村の活性化」では、漁港用地を活用した養殖の取組等について記述しています。
本節では、養殖業の現状、養殖業の振興に関する戦略、持続的発展に向けたリスクと課題・対策、養殖業の成長産業化に向けての状況を記述しています。
(1)養殖業の現状
〈世界における養殖業をめぐる動向〉
世界の漁業と養殖業を合わせた生産量は増加し続けており、令和6(2024)年には2億3,378万tに達しました。このうち、漁業の生産量は1980年代後半以降横ばいで推移している一方、養殖業の生産量は急激に伸びており、水産物供給の中心的な役割を担う産業へと成長しました。令和6(2024)年の養殖業の生産量は約1億4,164万tで、内水面養殖業が約46%、海面養殖業が約54%を占めています。世界の漁業・養殖業の生産量のうち養殖業の占める割合が年々増加し、近年では養殖業の生産量が漁業の生産量を上回り、令和6(2024)年には、世界の生産量の約6割に達しています(図表特-1-1)。
世界的な養殖業の生産量増大の背景には、中国、インド、ベトナム等におけるコイ・フナ類のほか、ティラピア、バナメイエビ、ナマズ類等、多様な魚種の生産拡大があります。これらの魚種の中には、我が国ではなじみが薄いものも多く含まれます。また、食品に加え、工業原料として利用されるキリンサイを中心とする藻類の生産増加も寄与しています。今後も世界人口の増加に伴い、水産物需要はアジアやアフリカを中心に拡大すると予測されており、養殖業は今後も成長が見込まれています(図表特-1-2)。

図表特-1-1 世界の漁業・養殖業生産量の推移
図表特-1-2 世界の養殖業の魚種別生産量の推移
〈我が国で行われている養殖業の動向〉
我が国の養殖業の歴史は古く、江戸時代にはコイ、カキ、ノリ等で既に行われており、明治期にはニジマスやウナギ等、内水面魚類の養殖技術が大きく発展しました。その後も貝類では垂下式(すいかしき)養殖の普及やアコヤガイ真珠生産の成功、藻類ではノリ・ワカメ・コンブ養殖の技術確立が進み、海面魚類では、昭和以降、小割式生け簀(こわりしきいけす)の普及によりブリ、マダイ等の主要魚種の生産が拡大してきました。
そうした歴史を経て、我が国の海面養殖業は、南北に長く、亜熱帯気候から亜寒帯気候まで寒暖差ある各地で様々な品目の養殖が、主に潮流や波浪による影響が小さい沿岸の静穏水域において行われています。餌を与えて育てる魚類の養殖(給餌養殖(きゅうじようしょく))、自然環境中の栄養分や餌を摂取して自ら育つ藻類や貝類の養殖(無給餌養殖(むきゅうじようしょく))が幅広く行われています(図表特-1-3)。また、内水面では、ウナギ、マス類、アユ等の養殖が行われています。
魚類養殖業の生産量ではブリ類、マダイ等が主要な魚種となっています。特にブリ類は、国内の魚類養殖業生産量の約半分を占めています。また、サケ・マス類は輸入品の占めるシェアが大きい中、近年では、国内の各地でブランド化した養殖が増えています。
藻類養殖では、ノリ類が圧倒的なシェアを占め、藻類養殖の生産額の大部分を占めています。ノリ類は加工品としての需要が高い一方、近年は主要産地の不作が続き、国内のノリ生産が不安定化したこと等を背景に価格が高値で推移しています。ワカメやコンブは地域性が強く、産地ブランドとして市場で高く評価されているものもあります。
貝類養殖では、カキ類が最も生産量が多く、食用として広く流通しています。ホタテガイは北海道、青森県等の北日本を中心に養殖が盛んで、輸出向けの需要も高いことから生産額の面で重要な地位を占めています。アコヤガイは真珠養殖用の母貝として利用され、生産される真珠は高付加価値品として国内外で取引されています。
内水面養殖では、国内で人気の高いウナギの養殖が鹿児島県や宮崎県、愛知県、静岡県等比較的温暖な地域で行われています。養殖したマス類は、食用として広く利用されるほか、観光需要や釣り堀向け等、地域振興と結び付いた活用も行われています。
なお、養殖カテゴリー別の生産量を比較すると、魚類が養殖業全体の中で最大の生産量を占め、令和6(2024)年には約28万t(約34%)に達しました。次いで藻類養殖が約28万t(約33%)、貝類養殖が約27万t(約32%)となっており、これらを合わせた養殖業全体の生産量は約83万tとなります(図表特-1-4)。
図表特-1-3 我が国で行われる主要な養殖業

図表特-1-4 我が国の養殖業の分類別生産量

〈我が国の養殖業における市場・流通の動向〉
我が国の養殖業の中でも、特に魚類養殖は、天然魚と比べて定質・定量・定価格・定時(4定)の生産が可能であり、量販店や外食産業にとって取り扱いやすいとの評価を得ています(図表特-1-5)。実際、ブリについては、平均的な値をみた場合、近年は天然魚より養殖魚の方が高値で取引されています。養殖では、管理された環境で魚を育てることで、脂の乗りや身質等の品質を安定的に提供できます。また、計画的な生産により、供給量も安定させることが可能である等、こうした養殖業ならではの強みが、消費者のニーズに応えるものになっていると考えられます(図表特-1-6)。
図表特-1-5 バイヤーの養殖魚・天然魚に対する評価

図表特-1-6 ブリにおける養殖魚と天然魚の出荷量・取引価格の比較

〈我が国の養殖業生産量と養殖業の経営の動向〉
我が国の令和6(2024)年の養殖業生産量(内水面養殖を含む。)は、前述のとおり約83万tですが、このうち、海面養殖業生産量は約80万t、内水面養殖業生産量は約3万tとなっています。養殖業生産量(内水面養殖を含む。)は昭和63(1988)年の約143万tをピークに、近年減少傾向が続いていますが、漁業・養殖業生産量全体に占める割合は2割台を維持しています(図表特-1-7)。
魚類養殖業の生産量の大半を占めるブリ類、マダイの養殖では、経営体数は減少傾向にある一方で、1経営体当たりの生産性(生産額・生産量)は増加傾向にあります。これは、多くの経営体が廃業していく中、残った経営体が、既存漁場の集約・有効利用を行いながら経営体単位・労働者単位の生産性の向上に努めてきた結果です。
一方で、魚類養殖業では、支出に占める生産資材代(特に餌代)の割合が高いことが特徴で、収入増加やコスト削減のほか、育種によって優良系統を作り出すこと等を実現していくことが必要となっています(図表特-1-8)。
図表特-1-7 我が国の漁業・養殖業生産量の推移と養殖業生産量の占める割合の推移

図表特-1-8 魚類養殖(ブリ類・マダイ)の生産量と経営体の動向




事例かんぱち養殖業における経営リスク分散の取組
約40年前に国内で初めて中国産の種苗を輸入し、かんぱち養殖業を開始したマルエイ水産株式会社(宮崎県串間(くしま)市)は、カンパチ養殖のパイオニアで、様々な取組を展開することで経営リスクの分散を図っています。
同社は、EP(エクストルーデッドペレット:人工飼料)・Ecology(自然環境にやさしい)・Excellent(優良な品質)・Enjoy(安心を楽しんで)をコンセプトにした「e-かんぱち」を販売しています。この「e-かんぱち」は、天然資源に影響を及ぼさない国産の人工種苗も使用し、生餌を一切使わずにEP飼料のみで育成しています。EP飼料は給餌時に濁りがほとんど出ないため、環境負担低減に寄与すると同社は発信しています。また、「e-かんぱち」は、通常のカンパチと比べて、旨味・甘味成分(グリシン・グルタミン酸・アスパラギン酸等)が多く*、歯ごたえがあり、魚臭さがないとして、同社では特徴として位置付けています。
さらに同社は、ブリの稚魚(モジャコ)を成魚になる前のサイズ(1.5~2.0kg程度)で販売する「中間魚販売事業」を行っていることも大きな特徴です。中間魚は、同業者からの安定した需要が見込める上、成魚に比べて育成期間が1年未満と短く、キャッシュフローの改善に寄与します。また、稚魚の育成がしにくい地域の生産体制の構築にもつながっています。
成魚については、各地の漁業協同組合(以下「漁協」といいます。)等を通じた市場や量販店等への販売だけでなく、加工事業者と連携した「カンパチスモーク」の販売等の付加価値の高い商品開発にも取り組んでいます。
- マルエイ水産株式会社による成分分析結果


事例オール兵庫県産サクラマスに向けた取組
兵庫県南あわじ市福良(ふくら)地域では、冬の「淡路島(あわじしま)3年とらふぐ」、夏のハモに続く春の新たな特産品の創出を目的に、味の良さや春を想起させる名称からサクラマスに着目し、平成27(2015)年12月から福良漁協において養殖に着手しています。
現在では生産も安定し、出荷シーズンには淡路島内の飲食・宿泊施設が創意工夫を凝らしたオリジナルメニューを提供するフェア「淡路島サクラマスグルメ」が開催される等、様々な産業とともに地域ぐるみの取組へと成長してきました。
そして、令和4(2022)年5月には、地域団体商標「淡路島サクラマス」を取得しました。
さらに、令和6(2024)年から兵庫県の内陸に位置する神河町(かみかわちょう)の長谷(はせ)漁協が、南あわじ市と神河町の交流事業をきっかけに海面養殖用のサクラマス稚魚の生産試験を開始し、令和7(2025)年からは他県産に加え長谷漁協が生産した稚魚約1tを導入し養殖しています。今後は卵からのサクラマス稚魚の生産や増産に取り組み、「オール兵庫県産サクラマス」の生産拡大を目指すこととしています。


お問合せ先
水産庁漁政部企画課
担当者:動向分析班
代表:03-3502-8111(内線6578)
ダイヤルイン:03-6744-2344






