第3節 養殖業の今後の可能性 ―陸上養殖―
本節では、養殖業の今後の可能性として、脚光を浴びている陸上養殖について紹介します。
〈陸上養殖の現状〉
陸上養殖は、気候変動や地球温暖化に伴う高水温等海洋環境の変化により、漁業の生産量や養殖業の生産量が減少傾向にある中、気候の影響を受けにくく、安定的な水産物生産が可能となるものとして、期待が高まっています。
我が国では従来から、河川沿いでの淡水魚(ニジマス・コイ・ウナギ等)や海沿いでの海水魚(ヒラメ・クルマエビ等)を対象とした陸上養殖が行われてきました。近年では、海洋環境変化への対応や持続可能性に配慮した食料生産への注目の高まり、参入障壁の低さ等を背景に、新技術を活用した次世代養殖を目指すスタートアップや、外資を含む大資本を背景とした大規模閉鎖循環型陸上養殖といった様々な形態の事業者が全国各地で陸上養殖に参入しています。
我が国では、豊富な水資源やIT等を活用した優れた技術により、かけ流し式(海水や地下水等を水槽に組み入れてそのまま排水する方式)や半閉鎖循環式(水槽内の飼育水の一部を浄化処理して再利用する方式)、閉鎖循環式陸上養殖(飼育水をろ過装置等を用いて浄化し、繰り返し使用する方式)といった魚種や立地特性に合わせた多様な陸上養殖が展開されています。
こうした背景には、近年の漁業・養殖業の生産量減少も影響しています。サケについて見てみると(図表特-3-1)、特に令和7(2025)年の北海道沿岸における秋サケ漁は全道的に記録的な不漁となり、生産量は過去最低だった前年の更に3分の1程度と深刻な状況に陥りました。このように、天然資源への依存リスクが顕在化したことで、安定供給を目指す企業や地方公共団体が陸上養殖への関心を一層高めています。
主に国内生産量の減少により水産物の自給率は低下傾向にあり、魚種によっては輸入に依存している度合いが高いものもあります。特にサケ・マス類は国内における需要が高く、輸入依存度も高いため、養殖による国産化を進める動きが加速しています。また、人工種苗の安定的な生産等において、環境をコントロールできる陸上養殖の技術は不可欠です。
以上のことから、従来の漁業・養殖業と陸上養殖の両軸で生産を行っていくことで、気候変動や国際情勢の変化の影響を緩和した状況下での安定的な生産による輸入依存の低減と、海面と陸上での養殖による自立度の高い我が国の食料安全保障への貢献が期待できます。
図表特-3-1 秋サケの生産量の推移

〈陸上養殖業の届出制〉
古くから河川沿い等で営まれている淡水魚の養殖は統計も整備され、周辺環境への影響等がおおむね把握されていますが、多額の投資と高度な技術を用いた新しい養殖方法は、飼育水の排水等による周辺環境への影響について十分な知見が蓄積されていない状況にあります。陸上養殖を持続的かつ健全に発展させるためには、養殖場の所在地や養殖方法等、陸上養殖の実態を把握することが不可欠です。
こうした背景から、令和5(2023)年4月より内水面漁業の振興に関する法律*1に基づき、陸上養殖業を届出養殖業として位置付け、制度化しました。本制度に基づく届出件数は、令和8(2026)年1月1日時点で808件となっています。都道府県別では沖縄県が195件と最も多く、大分県53件、鹿児島県36件と続き、九州地方に集中する傾向が見られます。また、届出件数(延べ件数)の上位3種は、クビレズタ(海ぶどう)172件、ヒラメ124件、クルマエビ117件でした(図表特-3-2)。令和6(2024)年度の陸上養殖業の生産量は約7千tで、我が国の養殖業生産量の約83万2千t*2の0.8%程度にとどまっています。
こうした陸上養殖は、初期投資と電力使用量が大きく、一層のコスト削減と省力化が課題となっています。
- 平成26年法律第103号
- 養殖業生産量の約83万2千tは、陸上養殖業の生産量の約7千tと対象期間・対象魚種・対象地域等が異なる。そのため、一部の陸上養殖業の収獲量が含まれていない。
〈陸上養殖業の養殖共済の対象化〉
陸上養殖業については、これまでうなぎ養殖業のみが養殖共済の対象となっており、他の魚種は対象外となっていました。今般、陸上養殖のうち生産量が最も多いヒラメについて、新たに令和8(2026)年度から養殖共済の対象に追加されました。
今後も、加入母数がある程度確保でき、損害数量の把握もできる等の保険設計上の課題が解決された陸上養殖業について、順次共済の対象化を検討していきます。
図表特-3-2 陸上養殖種類別の届出件数(延べ件数)

〈新技術による陸上養殖の展望〉
令和7(2025)年11月に設置された日本成長戦略本部において、17の戦略分野の一つにフードテックが位置付けられたことから、同年12月に農林水産省にフードテックワーキンググループを立ち上げ、農林水産大臣のもと、陸上養殖についての官民投資ロードマップの策定に向けた議論を進めています。
我が国では持続可能性に配慮した食料生産やたんぱく質の安定供給、地域振興の観点から、大手資本による大規模閉鎖循環式や次世代養殖を目指すスタートアップ等、様々な事業者が全国各地で陸上養殖に挑戦しています。流体制御やアンモニア除去等といった我が国が世界で強みを有している水処理・浄化技術や、最先端のゲノム関連技術を用いた陸上養殖向け品種開発等、陸上養殖の実証や商業化に向けた事業が展開されています。
世界的な食料需要の拡大や気候変動による供給リスクの増大といった課題を踏まえ、水産分野において、我が国の先端技術を生かした、世界に打って出られる分野として陸上養殖を戦略的に育成し、攻めの分野として投資を進めることで、新たな国内外市場の獲得や技術・ノウハウの蓄積、国内外への展開を進め、我が国への富の呼び込みと食料安全保障の確保に貢献しようとしています。
事例ノリの陸上養殖
全国的に海面環境が変化し、クロノリ(スサビノリ)の生産量が減少傾向にある中、合同会社シーベジタブルでは、スジアオノリの陸上養殖で培ってきた技術を応用し、クロノリの陸上養殖に取り組んできました。令和7(2025)年には乾燥重量100kg(板海苔約3万枚相当)に至るクロノリの生産が実現しました。同社によると、品質面でも最高級品と同水準のアミノ酸量やたんぱく質含有量が確認されています。
同社では、この技術を全国規模で漁協等が活用できる“小規模・分散型”の生産モデルとして展開する構想が進められており、種苗供給や技術支援を同社が担い、現場での養殖・出荷を漁協等が行う形を目指しています。既に千葉県では、年間200万枚規模のクロノリの陸上養殖の事業化に向けて、漁業協同組合連合会(以下「漁連」といいます。)や漁協との協働での小規模実験が始まっています。また、こうした小規模の事業規模からでも収益化が図れるような事業を目指しています。
さらに、同社ではクロノリ以外にも30種以上の海藻について海面養殖試験を各地の漁協等と連携しながら進めており、地域の新たな生業づくりと海の生態系回復の両立に向けた取組が広がりつつあります。このような試みは、先端的な陸上養殖技術と地域の漁業資源を組み合わせることで、水産業の持続可能性を高め、漁村再生に寄与し得るモデルとして、同社は取り組んでいます。


事例最先端のゲノム関連技術による新品種開発
リージョナルフィッシュ株式会社は、最先端のゲノム関連技術を用いて水産物の品種改良を進める京都大学発のスタートアップ企業です。同社は農産物や畜産物と同様に、品種改良によって、新しい地魚(リージョナルフィッシュ)を作り、日本の水産業を世界で戦うことのできる産業にすることや水産を支えてきた地域の産業振興を目指しています。
同社は品種改良加速技術(ゲノム編集技術)を活用し、従来の品種改良では約30年かかるところ、2、3年で可食部が多く、餌料効率の良いマダイ、高成長かつ餌料効率の良いトラフグ、高成長かつ高温耐性のあるヒラメの開発に成功し、ゲノム編集動物食品として、世界で初めて流通させています。また、エピゲノム育種*1により、高温耐性を持つマサバ、ヒラメ、サーモン、マガキ等の開発にも成功しています。
また、NTT株式会社とともに合弁会社NTTグリーン&フードを設立し、地域の水産事業者や地方公共団体等とも連携しながら、品種改良種とAI・IoT*2・ろ過技術等を活用した陸上養殖を組み合わせた、スマート陸上養殖の取組も進めています。こうした取組は、地域の養殖振興や国内の食料安定供給に寄与するとともに、持続可能な養殖モデルとして注目されています。
- エピゲノム育種とは、遺伝子の配列を変えずに、その働き方を調節する仕組みを利用して形質改良を行う育種技術。
- Internet of Things:モノのインターネットといわれる。自動車、家電、ロボット、施設等あらゆるモノがインターネットにつながり、情報のやり取りをすることで、モノのデータ化やそれに基づく自動化等が進展し、新たな付加価値を生み出す。

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水産庁漁政部企画課
担当者:動向分析班
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