(4)漁業労働環境をめぐる動向
ア 漁船の事故及び海中転落の状況
〈漁業における災害発生率は陸上における全産業の平均の4倍以上〉
令和7(2025)年の漁船の船舶事故隻数は356隻、漁船の船舶事故に伴う死者・行方不明者数は25人となりました(図表2-12)。漁船の事故は、全ての船舶事故隻数の約2割、船舶事故に伴う死者・行方不明者数の約6割を占めています。漁船の事故の種類としては衝突が最も多く、その原因は、見張り不十分、操船不適切、居眠り運航といった人為的要因が多くを占めています。また、船体機器整備不良や気象海象情報の確認不足といった発航前検査の不十分による事故も多く発生しています。
漁船は、進路や速度を大きく変化させながら漁場を探索したり、停船して漁労作業を行ったりと、商船とは大きく異なる航行をします。また、操業中には見張りが不十分となること、さらに、漁船の約8割を占める5トン未満の小型漁船は大型船からの視認性が悪いこと等、商船にはない事故リスクを抱えています。
図表2-12 漁船の船舶事故隻数及び船舶事故に伴う死者・行方不明者数の推移

船上で行われる漁労作業では、不慮の海中転落*1も発生しています。令和7(2025)年における漁船からの海中転落者数は60人となり、そのうち39人が死亡又は行方不明となっています。また、海中転落以外にも、漁船の甲板上では、機械への巻き込みや転倒等の思わぬ事故が発生しており、漁業における労働災害発生率は、陸上における全産業の平均の約4倍と、高い水準が続いています(図表2-13)。
- ここでいう海中転落は、衝突、転覆等の船舶事故以外の理由により発生した船舶乗船者の海中転落をいう。
図表2-13 船員及び陸上労働者における労働災害発生率

イ 漁業労働環境の改善に向けた取組
〈海難事故の防止に向けた取組〉
水産庁では、漁船の船舶事故の種類として衝突事故が最多である現状を踏まえ、関係省庁と連携しAIS*1の周知・啓発を行うとともに関係団体等の支援制度等を通じ、AIS普及の促進を図っています。
漁船の事故のうち、死者・行方不明者が最も多い事故は海中転落によるものです。
海中転落事故による死亡事故を防止するためには、ライフジャケットの着用が大きな役割を果たします。令和7(2025)年のデータでは、漁業者の海中転落時のライフジャケット着用者の生存率(81%)は、非着用者の生存率(50%)の約1.6倍です(図表2-14)。
ライフジャケットの着用については、小型船舶の場合、原則、船室の外にいる全ての乗船者に着用が義務付けられるとともに、乗船者に着用させなかった船長(小型船舶操縦者)に対し、違反点数が付与されます*2。しかしながら、令和7(2025)年の海中転落時におけるライフジャケット着用率は約4割となっており、依然として未着用による死傷災害が頻発しています。漁労作業を伴う漁業では、一般船舶に比べ海中転落の危険が高いことから、命を守る手段として、ライフジャケットの着用を徹底することが極めて重要です。
このため、政府では、都道府県、漁業関係団体と連携して、確実なライフジャケットの着用に向け、引き続き周知・啓発を行っていくこととしています。
- Automatic Identification System:船舶自動識別装置。洋上を航行する船舶同士が安全に航行できるよう、船舶の位置、針路、速力等の航行情報を相互に交換し、衝突の予防に役立てることができるシステム。
- 着用義務に違反した場合、船長(小型船舶操縦者)に違反点数が付与され、違反点数が行政処分基準に達すると最大で6か月の免許停止(業務停止)となる場合がある。
図表2-14 ライフジャケットの着用・非着用別の漁船からの海中転落者の生存率

〈漁業分野における作業安全対策の推進〉
漁業労働における安全性の確保は、人命に関わる課題であるとともに、漁業に対する就労意欲にも影響します。このため、水産庁では、漁業分野における作業安全学習教材の普及を進めるとともに、全国で「漁業カイゼン講習会」を開催して漁業労働環境の改善や海難事故の未然防止に関する知識を持った安全推進員等の養成を通じ、漁業者自らが漁業労働の安全性を向上させる取組を支援してきました。
また、農林水産省では、現場の事業者や事業者団体が取り組むべき事項や共有すべき認識を整理した「農林水産業・食品産業の作業安全のための規範」を策定し、広く周知・啓発を行っています。引き続き、漁業等の現場の従事者の方々に作業安全の取組をチェックしていただき、安全意識の向上を図っていくこととしています。


〈小規模な漁業者に係る労災保険制度の見直し〉
漁業における労働災害発生率は他産業と比べて高い水準が続いており、労災事故の発生は、従業員だけでなく、災害補償責任を負う使用者へのリスクにもなっています。労災事故を起こさないための取組だけでなく、労災保険等による補償措置も重要です。また、労災保険への加入により、従業員が安心して働ける環境を作っていくことは、従業員の雇用・定着のためにも重要です。
こうした中、農林水産業の小規模な個人経営の事業の一部については、現在、労災保険が任意加入とされていますが、厚生労働省の労働政策審議会において、暫定任意適用事業の廃止を盛り込んだ労働者災害補償保険法*1等の一部を改正する法律案要綱について、令和8(2026)年3月4日に、おおむね妥当とする答申がされたところです。
水産庁は、厚生労働省と連携し、労災事故防止に係る普及啓発活動と、労災保険加入に係る周知啓発活動を進めていくこととしています。
- 昭和22年法律第50号
〈海上のブロードバンド通信環境の普及を推進〉
漁業においては、狭い船内が主な生活の場となり、陸上に比べて生活環境が十分に整っているとはいえず、船内環境の改善が強く望まれています。特に近年、陸上では、大容量の情報通信インフラの整備が進み、家族や友人等とのコミュニケーションの手段としてSNS等が普及しています。一方、海上では、衛星通信が利用されているものの、その通信容量は限定的であること、利用者が船舶関係者に限定され需要が少なく初期投資費用や通信料金が高額であること等、陸上と異なる制約があるため、ブロードバンドの普及に関して、陸上と海上との格差(海上のデジタルディバイド)が広がっています。
このような中、多数の非静止衛星を一体的に運用する「衛星コンステレーション」の構築・運用が欧米事業者を中心に進展し、SpaceX社のStarlink等の高速大容量の衛星通信サービスが世界全域で提供されるようになりました。Starlinkについては、日本の通信事業者も業務提携し、国内でもサービスが展開され始めています。衛星コンステレーションの実現は、海上のブロードバンドサービスを大きく進展させています。
海上でブロードバンド通信環境が普及すれば、様々な情報通信サービスの利用により、例えば漁場予測精度の向上や航行の効率化等が進み、水産業の競争力強化にも資することになります。
お問合せ先
水産庁漁政部企画課
担当者:動向分析班
代表:03-3502-8111(内線6578)
ダイヤルイン:03-6744-2344




