(3)持続的発展に向けたリスクと課題・対策
前述で示した二つの戦略は、我が国の養殖分野の今後の方向性を示す重要な指針となっています。しかし、その実現に向けては、依然として、海洋環境の変化、環境負荷、飼料の価格変動、災害リスクや魚病等の多くの課題を抱えています。こうした課題に対して、技術革新や経営戦略を通じて、養殖業の持続的発展につなげるための実践的な取組が不可欠です。
〈海洋環境の変化〉
海水温の上昇等の海洋環境の変化は、特定の漁場で営まれる養殖業にも大きな影響を及ぼしています。
令和7(2025)年度は、海中の植物プランクトンを自然環境の中で自ら摂取して成長させる無給餌養殖において、カキやホタテガイで大量へい死が発生したことが報告されています。
瀬戸内海では、広島県、岡山県、兵庫県等においてカキの大量へい死が発生したことを受けて、令和7(2025)年12月には関係省庁の支援策を整理した「高水温等によるカキへい死被害への政策パッケージ」を策定しました。原因としては、高水温、高塩分濃度、酸素不足、餌不足等の複合的な要因が指摘されていますが、水産庁と国立研究開発法人水産研究・教育機構(以下「水産研究・教育機構」といいます。)で「マガキ大量死に関する連絡協議会」を設立し、関係府県とともに連携して原因の分析を進めています。
青森県の陸奥湾(むつわん)では、湾内全域の水深15m前後の中層における水温が、ホタテガイのへい死の危険性が高まる26℃を長期間にわたって超過しており、養殖ホタテガイの広範囲でのへい死が発生しました。カキと同様に、高水温が共通的な原因と考えられるホタテガイ養殖についても、国と青森県が連携して「高水温等によるカキへい死被害への政策パッケージ」を活用して支援をしています。
さらに、ノリ養殖でも近年、秋期の高水温による生産開始の遅れとそれによる養殖期間の短縮等により、生産量が減少傾向にあります。令和7(2025)年度は、冬期の少雨により河川から供給される栄養塩類が不足し、生産に影響が生じた地域が見られる等、依然として天候に左右され、不安定な生産状況が続いています。
こうしたことから、水産庁では海洋環境の変化が採苗や生産等に大きな影響を及ぼすホタテガイ、カキ、ノリ等における環境変動対応のための取組を支援するため、令和7(2025)年度補正予算において、環境変動に対応した栽培・養殖生産体制導入事業を措置しました。
コラムカキ養殖業における大量へい死への支援
瀬戸内海を中心に発生した、高水温等によるカキの大量へい死被害を受け、関係省庁が連携して政策パッケージを策定しました。この政策パッケージは、カキ養殖業者等の経営継続支援といった短期対策のほか、中長期対策として、徹底した原因の究明や、海洋環境の変化に対応した持続的なカキ養殖の実現に向けた対策を三本柱で整理をし、関係省庁の政策を総動員しています。関係省庁と被害を受けた県や市が連携して、この政策パッケージを実行し、来期以降のカキ出荷の再開に向けて取り組んでいます。


〈養殖用配合飼料価格の高騰〉
魚類養殖業における餌代はコストの約7割を占めており、養殖用配合飼料の価格動向は、給餌養殖業の経営を大きく左右します(図表特-1-9)。配合飼料の主原料である魚粉は、その大半を輸入に依存しており、最大の魚粉生産国であるペルーにおけるペルーカタクチイワシ(アンチョベータ)の漁獲の動向や為替相場等により、価格が大きく変動しています。近年では、世界における魚粉需要の拡大に加え、急速に進行した円安や、ロシア・ウクライナ情勢による影響等もあり、輸入価格は上昇傾向で推移しています(図表特-1-10)。
このため、低魚粉養殖用配合飼料の開発や、配合飼料原料の多様化・国産化等の取組を推進しています。例えば、低魚粉養殖用配合飼料については、魚の消化生理に基づきつつ大豆等の魚粉代替たんぱくを利用した低価格・高効率飼料や、単細胞生物(水素細菌)や昆虫を原料とした飼料等、様々な飼料の開発が進められています。
一方で、配合飼料価格高騰による養殖業経営への影響の緩和を図るため、漁業経営セーフティーネット構築事業により、配合飼料価格が一定の基準以上に上昇した際に、漁業者と国による積立金から補塡金(ほてんきん)を交付する措置を講じています。
令和7(2025)年12月には、同事業を実施するための基金への国費の積み増しを行うため、令和7(2025)年度補正予算において、232億円を措置しました。
図表特-1-9 海面養殖業における漁労支出の構造

図表特-1-10 配合飼料及び輸入魚粉価格の推移

事例アメリカミズアブと微細藻類を主原料とする配合飼料でマダイを養殖
水産研究・教育機構では、未来の食料問題を解決するための新しい取組を進めています。養殖用の配合飼料の主な成分である「魚粉」や「魚油」は、原料となるペルーカタクチイワシ(アンチョベータ)の漁獲の動向等により価格が大きく変動します。近年は魚粉・魚油の高騰により配合飼料価格も上昇していることで、支出に占める配合飼料代の割合が拡大し養殖経営を圧迫している状態です。
そこで、水産研究・教育機構は「昆虫と微細藻類を使った新しい配合飼料」の開発に挑戦しています。具体的には、昆虫(アメリカミズアブの幼虫)と微細藻類(オーランチオキトリウム)を原料にした国産の飼料を作り、マダイに与えたところ、従来の魚粉を使った配合飼料と同じようにしっかり成長することが確認できました。
今回の成果を踏まえ、将来的には、
- 魚粉や魚油を使わない養殖が可能になる
- 原料の国産化により、食料安全保障に貢献する
- 持続可能な養殖業による安定した養殖魚が供給される
という大きなメリットがあります。
この技術は、将来の食料問題を解決し、我が国の養殖業を守るための重要な一歩といえます。
今後は、早期の社会実装に向けて、昆虫と微細藻類の量産体制の構築が課題となります。

〈養殖業の人材不足〉
漁船漁業に比べ沿岸寄りで行われる海面養殖業ですが、陸上とは異なる海上の作業であること、作業内容や出勤日等が天候に左右される不安定な勤務環境であること、都市部から離れた養殖場に近い地域に居住する必要があること、自動化や機械化が進んでおらず作業が大変であるといったこと等から、養殖業の人材不足が課題とされています。
しかしながら、例えば、愛媛県愛南町(あいなんちょう)のマダイ養殖を行っている安高水産(やすたかすいさん)有限会社では、デジタル機器の導入や作業見直しにより生産効率が向上し、出荷尾数は平成12(2000)年の60万尾から令和6(2024)年の170万尾まで増加しました。あわせて、従業員に対する個別評価による昇級の実施、休日等の待遇改善を進め、こうした取組が好循環を生み、安定した人材確保と会社の成長につながっています。
水産庁では、こうした事業者が自ら行う養殖業の生産性向上につながるICT*1やAI*2を活用した養殖生産管理の高度化の取組、自動給餌器の導入の取組等への支援を行っています。引き続き、業界団体及び地方公共団体と連携・協力し、養殖業の人材不足解消に向けて、スマート技術の導入を促進するとともに、働きやすい環境づくりを総合的に進めていくこととしています。
- Information and Communication Technology:情報通信技術。
- Artificial Intelligence:人工知能。
〈大規模沖合養殖の推進〉
従来の沿岸漁場での養殖は、波が穏やかで港からも近く管理が容易という利点がある一方、優良な漁場は既に利用され、生産量を増やすための漁場の拡大の余地が少ない上に、生け簀が過密になりがちであることから、水質悪化や魚病の蔓延、赤潮の発生等による被害を受けやすいといった課題があります。このため、養殖漁場の確保策として大規模沖合養殖の推進も含め、沖合養殖の導入が進められています。
沖合での養殖についても、設備等への投資額が大きく養殖現場が遠くなり波浪の影響も大きくなる等の課題はあるものの、水質が安定し、赤潮が発生しにくく、水の入れ替わりがよいという利点があります。こうした特性を生かすため、水産庁では、大規模沖合養殖の導入等の新たな生産体制への転換による収益性向上を目指した実証の取組等への支援を行っています。
事例ブリの大規模沖合養殖
宮崎県串間市の串間市漁協の区画漁業権において、沖合漁場を最大限活用するため、水産庁の補助事業を活用し、令和3(2021)年1月~7(2025)年12月までの間、大型浮沈式生け簀を用いた養殖システムの実証が行われました。
この実証では、養殖ブリの生産性向上と労力削減を目指し、沖合漁場における養殖モデルの確立に取り組みました。
実証結果として、1) 沖合漁場で浮沈式大型生け簀を整備し、生け簀を集約化するとともに、給餌作業に大型生け簀3台分(25t)の飼料を積載できる19トン型給餌船を活用することで労力と燃油のコストを削減、2) 高密度ポリエチレン製の生け簀枠及び高温加工ポリエステル素材の生け簀網を使用することで施設更新コストを削減、3) 大型生け簀専用の3連式大型網洗浄ロボットにより広範囲の洗浄が可能となり、網洗浄に係る労力を大幅に削減する等の成果が報告されました。
これらの取組により、大型生け簀の導入は生産性向上と労力削減はおおむね達成し、沖合養殖の実用化に向けた有効性が確認されました。結果として、事業の販売計画を達成し、今後の沖合養殖モデルの推進に向けた重要な成果となりました。


〈育種の推進〉
産業にとって有用な特徴を持つ系統を作り出すことを「育種」(品種改良)といい、農業や畜産業では古くから盛んに行われてきました。養殖業においても、成長が早い、病気に強い、少ない飼餌料で育つ等、より好ましい特徴を持つ種苗を作り出し活用することは、生産性向上に資する重要な取組です。
このため、人工種苗比率100%を目指す「みどりの食料システム戦略」に従って、天然資源に負荷をかけず安定的に種苗を供給すべく人工種苗の比率を増やしていく際には、養殖業の成長産業化につながるよう、育種の推進を図ることが必要です。現状は、例えば我が国で最も養殖生産量の多いブリにおいて、人工種苗の割合は約2割となっており、天然種苗に依存している状況が続いています。
こうした背景の下、民間企業によるブリの優良系統の開発を目的とした選抜育種が本格的に実施されました。特に株式会社ニッスイでは、高成長ブリの開発に成功した結果、グループ企業が扱う人工種苗の比率が向上し、天然稚魚への依存を低減することに成功しています。これにより、海洋資源への負荷を抑えながら、安定的かつ計画的な生産体制の構築が着実に進展しています。
さらに、水産動植物のゲノム情報を利用した育種は、近年、民間企業や国で取組が始まっています。しかし、養殖生産物の海外市場への輸出が拡大していく中、優良系統や種苗生産技術等の知的財産が海外に流出してしまうと、海外の養殖業界の競争力が増し、相対的に我が国の養殖業界の競争力が低下し、開発者による多大な労力が無駄になってしまいます。したがって、知的財産保護への理解を深め、優良系統を適切に保護することが重要です。このため、令和5(2023)年3月に、優良系統の保護の必要性や対象、既存の知的財産制度上の対応、保護に資する取組を整理した「水産分野における優良系統の保護等に関するガイドライン」及び「養殖業における営業秘密の保護ガイドライン」を策定しました。今後、我が国において育種を進めていく際には、これらのガイドラインに沿って、知的財産の保護に努めていく必要があります。
事例ブリ類の育種
【水産研究・教育機構「ブリの人工種苗を用いた生産戦略」】
水産研究・教育機構では、養殖ブリの安定供給を阻む大きな課題である「端境期(はざかいき)(4~9月)」の解消に向けた研究が進められています。端境期の存在は、成熟や産卵の影響を受けて品質が低下することや、天然種苗の入手が4~5月に限られることに起因します。これによりブリの出荷サイズに達する時期が多くの生産者で重なることや、夏期の体重減少による魚体の価値の低下や飼養コストの急騰を避けるために端境期までの出荷が求められることから、養殖業の収益性を低下させてきました。
この課題に対し、人工種苗技術を活用した複数のアプローチが検討されています。具体的には、8月採卵・秋期種苗供給による出荷時期の調整及び成長速度の速い系統の作出です。理論上、通常より成長速度が1.3倍速い魚を作出できれば、2月採卵でも翌年の4月には4kgサイズの出荷が可能となり、端境期の問題が解消されることが期待されています。


【株式会社ニッスイ「ブリ人工種苗の総合的取組」】
株式会社ニッスイは、養殖ブリの安定供給と高付加価値化を目指し、人工種苗技術と育種プログラムを総合的に推進しています。平成17(2005)年に種苗生産を開始し、平成21(2009)年には人工種苗由来のブリ出荷を実現し、平成27(2015)年には完全養殖化と世代更新を達成したと報告されています。現在では、人工種苗の生産数量を拡大しつつ、育種による成長性向上や肉質改善に取り組んでいます。
養殖ブリの課題である「端境期(4~9月)」を克服するため、同社では早期採卵技術の開発を進めてきました。親魚の成熟制御により通常より早い採卵を可能とし、2歳魚の「黒瀬若ぶり」を市場に投入することで、新たなマーケットを形成し、春から夏にかけて肉質が低下しやすい3歳魚に代わり、肉質の低下していない2歳魚を安定供給できる体制の構築を進めています。
さらに、平成22(2010)年から開始した育種プログラムでは、和牛の育種手法を参考に統計遺伝学を導入し、目的形質の解析と選抜を実施しています。約1.5万個体のDNA情報を活用し、成長性を約40%改善した系統を作出し、人工種苗の高成長化が進むことで、周年出荷体制の構築やブランド価値の向上に寄与していると報告されています。
なお、人工種苗は、生産計画に基づく周年出荷や加工場の効率化、認証取得等多くのメリットを持つ一方、形態異常や近交による遺伝的リスクといった課題も存在するとされています。同社では、遺伝解析や家系管理を丁寧に進めることで、望ましくない遺伝形質が固定化することを避けつつ、育種の健全性確保に取り組んでいます。

〈赤潮対策〉
赤潮は、特定のプランクトンが大量発生し海水の色が変わる現象であり、養殖業等に大きな被害をもたらすことがあります。赤潮が発生する要因として、窒素、リン等の栄養塩類、海水温、塩分、日照、競合するプランクトン等の環境条件が複合的に影響することが指摘されています。
赤潮による被害が多い地域の漁業者は、日常的に海況のモニタリングを行うとともに、赤潮の発生が懸念される時期には、生け簀を被害の少ない海域へ移動させる等の取組を実施しています。
水産庁は、赤潮の被害軽減対策として、これまで、避難漁場の整備支援、足し網、生け簀沈下による被害軽減手法の開発とその手引きの作成、有害赤潮プランクトンの駆除剤及びその散布手法の開発、高濃度酸素を用いたブリ類の救命手法の開発等を行いました。引き続き、被害軽減のためのモニタリング体制構築や発生抑制対策等の実証を支援するとともに、被害軽減対策の導入を支援しています。
また、赤潮の発生により養殖水産物に被害が発生した場合は、共済契約に基づき、養殖共済による補塡を受けることができます。特に、発生から消滅までの期間が10日間を超える等の「異常な赤潮」による被害が生じた場合には、国及び都道府県が掛金の全額補助を行う赤潮特約によって、養殖業の経営安定を図っています。
事例赤潮抵抗性ブリの育種
赤潮(有害プランクトンの大量発生)は養殖ブリにとって重大なリスクであり、被害を軽減できるよう赤潮抵抗性ブリの開発が求められています。
このため、水産研究・教育機構においては、人工授精や凍結精子によって系統を管理し、優良親魚同士を交配して多数の家系を作出しながら、赤潮抵抗性ブリの選抜育種に取り組んでいます。
稚魚を赤潮の原因となるシャットネラ属プランクトンに曝露(ばくろ)し、生残率を家系ごとに評価する試験では、累計約4,000尾の稚魚を供試した結果、生残率が0~50%と差があることが確認され、赤潮抵抗性が遺伝性の形質であることが示唆されています。生き残った親魚を育成し、人工授精で交配した次世代では、生残魚同士の交配群の生残率が42%であるのに対し、通常魚同士から作出した対象群では25%となり、抵抗性の向上が確認されています。
さらに、遺伝子発現や代謝物の量を指標として簡便に赤潮抵抗性を示す個体を判別する手法も検討されています。こうした育種技術はブリ以外の養殖魚種への応用も可能とされています。赤潮抵抗性ブリの養殖種苗化により、赤潮発生時の大量死リスクの軽減とブリ養殖業の持続性強化が期待されています。

〈水産動植物の疾病対策〉
養殖業における疾病発生は、養殖魚等を大量にへい死させ、我が国の水産業に大きな影響を与えます。養殖魚等の推定被害額は約113億円(令和5(2023)年)であり、過去のピーク時の約300億円(平成6(1994)~7(1995)年頃)からは大幅に減少したものの、養殖生産額の約3%に相当する水準で推移しています。
養殖魚種の多様化に加え、高水温等の環境変化等により、発生状況は複雑化しています。
また、近年、新たな疾病が世界各地で確認され、輸入種苗の増加に伴い、我が国の水産業に重大な損害を与える疾病が侵入する可能性が従来よりも高まってきています。
このため、農林水産省においては、国内外の疾病発生情報の提供、国内のサーベイランス調査を継続して行うとともに、養殖場における衛生管理の徹底、遠隔診療等を活用した診断体制の整備等を進めています。さらに、最新の知見に基づきリスク評価を行い、防疫対象疾病・対象動物の見直しの検討を行っています。
また、疾病対策においては、水産用医薬品であるワクチンや抗菌剤等の適正使用を推進するとともに、輸出促進や国際的に重要課題となっている薬剤耐性対策の観点から、抗菌剤に頼らない養殖生産体制の構築が急務となっており、ワクチンや代替薬等の開発を支援しています。さらに、ワクチン接種作業の省力化の観点からワクチンの自動接種機等の導入も期待されています。
事例アコヤガイ養殖における疾病への対応
近年、アコヤガイ養殖において、軟体部の萎縮や稚貝の大量へい死を引き起こし、真珠生産に深刻な影響を及ぼすビルナウイルスへの感染が報告されています。さらに、急激な環境変化や餌不足等、複合的な要因がへい死を増加させていると考えられています。このため、種苗の早期生産*、海域の定期モニタリング、養殖環境の改善、アコヤガイのへい死が少ない海域の利用等の対策等が進められています。
- 感染しやすい時期になる前に成長させること。



ビルナウイルスが感染した細胞は赤褐色に染められている。
お問合せ先
水産庁漁政部企画課
担当者:動向分析班
代表:03-3502-8111(内線6578)
ダイヤルイン:03-6744-2344




